言問団子
◆今日の俳句・・・残る花風の白さに寂びており <季語無し>
ヨコハマ・たそがれ・ホテルの小部屋、四・四・七(四・三)だが調子がいい。
津軽海峡冬景色は漢字が七つで、読めば三・五・五(二・三)。
きたへ・かえる・ひとの・むれは・だれも・むくち・で~~、
こごえ・そうな・かおで・みつめ・ないて・いまし・た~~、
三の繰り返しのたたみ掛けパーツがある。
五・七・五、七・五調だけがリズムではないのはみなさまご存知。
かつて業平橋のちかくになめくじ長屋てぇ建てもんがあって
戦後落語界のホームラン王みたいな、ナガシマな人気のひとが住んでいました。
彼の麻布絶口木蓮寺にたどりつく「黄金餅」という演目の語りの調子とスピード感は
アナウンサーのそれではまったくない傑作どす。
(ただしテーマなのは、ヒトは欲深く悲しく情けなく恐いんですよ、な世界です)
音と韻とイントネーションを味わう、寄席は言葉(日本語)のスタジアムだったのかも。
いまや 風のおとにぞおどろかれぬる・根岸の里の侘び住まい かな
トドの祭り
それは寝タコを起こすようなこと。
北海道・函館の天然のホタテ貝は春先に(あたかも珊瑚の産卵のように)
エサを求めて誰となく海上に浮き上がり、
いつの間にか一斉にすべてのホタテ貝がカラを広げて風を受けて移動するという。
函館の風物詩としてのその海面の景はキラキラと壮観の一言であるらしい。
帆を立てて風を受ける。ホタテの名前はそこから由来しているのだとも。
こういう類の嘘なハナシの創作者は立派である。
私は立川志の輔のまくらで聞いた。本編も上手かったが、こっちに軍配が挙がる。
それにしても「ここらが潮時」とは上手い言い方だ。
◆今日の俳句・・・ひと色の水引草も祝儀かな (季語はもちろん水引草で秋)
カール・マルクスは労働者よ、団結せよ! と言いやがてロシアは革命し、
グルーチョ・マルクスは労働者ども、やめちまおうぜ! と言ったそうである。
まぁ、これも自作の嘘なのではあるが、「我が輩はカモである」という映画は兄弟で作った。
寝耳にミミズではない。
メイソウスルシカク
「ケンブリッジの哲学する猫」という本を持っているが未読である。
中央競馬会に「馬事文化功労賞」という顕彰がある。
犬事とか猫事とか、それ以外の動物にもそういうことは寡聞にして聞かない。
もちろん賞をいただくのは人間さまなのではあるが。
馬と猫はそれぞれのベクトルで私の瞑想に似合う。
飼ったり(付き合って)、馬券勝負(の対象に)するのみならず。
利害でいえばさほどの徳をしているわけでは無論なく、
おそらく時間も金子も存外に消費しているであろう。
それでも彼らには私にそうさせる資格が感じられるのだ。
◆今日の俳句・・・真っ直ぐに別の顔して秋に出ん
婉曲に人間のことを考えたいのか、それを避けての妄想をしているのか。
確かにいえることは・・・我が輩もネコやウマではない(はずだ)。
だれが決めたのを聞いたの?
全知全能の神なるものはいるらしいのです。
ゴルゴダの丘で磔刑になったジーザス・クライストさんもいたらしいんです。
とにかく世界中にどのくらい神様っている(いた)のかを統計とったひとや
学術的発表ってあったのかなぁ。
宇宙の星の数よりは数えやすい気がするんですがねぇ。
◆今日の俳句・・・満月の出初めし山の静かかな <季語はもちろんお月様>
ゴッドがクイーンをセーブするって御歌がイギリス(グレート・ブリテン)にあるのだが、
この神様はどの神様で、そうしてやるなんてことをいつ言ったのかしら?
その国じゃあ学校でみんなに教えてくれるのかなぁ。
誰々がちゃんと聞いたんですよ、って。
信じる者が救われる?
色気なら
柏のホルモン焼きの店でテッポーという部位を勧められ焼いて食べた。
晩年までここで暮らした高島野十郎はこういう類は食べなかったろう。
4日間だけの彼の地元での展覧会だった。
この国の、この時代の、いい女の基準がまるっきりわからんのだよ。
エディット・ピアフ が見いだしたイヴ・モンタンはシモーヌ・シニョレ と結婚し
マリリン・モンロー と不倫したそうだが、シニョレが死ぬまで一緒に暮らしたんだ。
◆今日の俳句・・・アヴォガドのサラダにアリの登頂す (季語はもちろんアリ)
離婚してもらえない男を知っているが、他の女にもモテるからのような
気もするが、お互いに自己中心的でしかないが故の悲しい喜劇だと私は思う。
野十郎は電気もガスもない家で絵だけを描き、生涯独身で逝った。
頭の出来の良い人間はシンプルだ。





