目にはうろこか?
たいがいの人は(自分が)見ているものは(自分には)見えていると思っている。
よくTVが街頭で「日本地図を描いて下さい」などと若者等にやらせているが
北海道・本州・四国・九州を区別して描け(識別が)ない場合も少なくない。
知識の問題ではなく、意識の無さでしかないとおもうのだが。
(彼らも好きなものならしっかりと記憶できている)
◆きょうの俳句・・・降霜やコーヒーの味なにか違う
「見ることは信じること(Seeing is Believing)」ということわざに従えば
見たものを信用しないのではなく、見えているそれが何であるかをしっかりと分かろうとしていない、
つまり見ている自分自身を信じていないから、なのだと思われる。
きっとそこ(目ではなく意識)には、不思議ないろいろなうろこが張り付いているのだ。
この国には「心眼」ということばがあったり、「無念無想」で見えると言ったりします。
なので、目など見えなくとも優しくて識別(分別)がある人はたくさんいらっしゃる。
ロジンバッグ
ラジオの野球中継でアナウンサーはロージンバッグと発音していると記憶していたが、
規約にはロジンバッグと表記されているピッチャーズマウンドに置いてある滑り止めの袋。
ピッチャーが投球前に軽くポンポンとする様は土俵に上がる力士の塩まきのそれに似てなくもない。
スポーツであれなんであれそういうものが果たす所作・作法が存外意識下での要素として
イメージを形取っていくのかもしれない。
◆今日の俳句・・・軍港の商店街や割れ柘榴 <季語は柘榴(ざくろ)で今期二度目>
子供のころから不可解なのが豚カツ屋の看板でブタが喜んでいる絵柄だが、
どうも世の中にはそれでよく分かると感じるひとが多いのだと思うようになってきた。
今日の写真は人命救助犬の養成所のマークではない。
意味は違うが「痴漢は犯罪です」というポスターよりましかもしれないが。
どんぶりのココロ
中国の漢字に「丼(どんぶり)」は無いと聞いた。
(そういう<メイドインジャパンな>漢字は国字とか和字というのだそうです)
牛丼の吉野家が台湾に出店するときに表記に困ったというエピソードを
知っている方は多いだろう。
日本のラーメン(ちゅうかそば)の器は中華丼(ちゅうかどんぶり)と昔はいった。
今なら漢字だけの表記なら料理名の中華丼(ちゅうかどん)としか読まれないだろう。
なので間違えにも拘わらずあえて「丼ぶり」 と書くことも珍しくないらしい。
これは相手(読み手)に対しての親切、おもんぱかり故だろう。
井戸の「井」の中に点、なんとも上手い表意だ。
「津波」とかのように逆外来語になる資格が「丼」という漢字にはあると思うのだが。
更には彼の国にそんな戯れ事をできる(あそぶ)器量があればこその話であって、
そういうことをしない(出来ない)悲しさがどこかにないだろうか。
日本の中華丼(ちゅうかどんぶり)の外側の四角いぐりぐりが並んだような紋様は、
饕餮(とうてつ、Tao-tie、拼音:tāotiè)という中国神話の怪物の、
青銅器時代から用いられているスタイルをひたすらシンプルに抽象化したらしい
アカデミックなものなんだそうで、とても<思いやり>があると思うのだが。
おもしろうて・・・そして船はゆく
A地点<スタート>からB地点<ゴール>への線上の高低と強弱。
その線が時間であれば音楽であり映画であり得る。
地理的であれば旅(行動・行脚)であったりする。
俳句では祭りや花火や鵜飼い・・・つまりイベント(・・・括れば人生そのもの)は
期待に始まり、実感を得て、終極を迎える、そのさまを「おもしろうて、やがてかなしき」
という感想でままパッケージする。
◆きょうの俳句・・・蜘蛛の糸しずく溜め落つ無月かな
空海さんの説では、A地点以前とB地点以降はどっちも蒙(くら)いそうです。
このダークマター<暗闇の何か>が同一であれば何かと解決するように私も思う。
線は点を持つか? 面は線を持つか?
ノーベル賞でいちばん偉いのは理論物理学だそうですよ。
きっと平和という概念は科学が宗教を論破すればついでになんとかなるような
ものなんだろうと、頭のいい人たちは考えているんじゃ中廊下<なかろうか>。
中空の背骨
シーラカンス目は白亜紀を最後に化石が途絶え、
化石種と現生種の間で形態的な差異がほとんど見られないことなどから、
「生きている化石」との評価を受けた。
・・・なんてことはむかしの男の子にとってはかなりジョーシキで
「生きている化石」という形容はとても多用された。
自分から「私なんて生きている化石みたいなもんですよ」とか言う人も。
◆きょうの俳句・・・秋雲や気まぐれに読む植物誌
北京にある「釣魚台」というゲストハウスは敷地総面積42万m²、建物の総床面積は16.5万m²。
金の皇帝が池に釣り場を設け、清の乾隆帝が皇家園林として整備した、とある。
文化大革命のころは毛沢東の女・江青に独占的に使用されたそうである。
奇しくも「釣魚島」は尖閣諸島を意味するという。
民主党の議員はここでこそこそとその問題を話したようである。
歴史ってなんなんだよ、と言いたいです、先生。
・・・今日は80過ぎの元モデルのおばあさまから招集を受けているせいかな?
レンブラントライト
秋はひかりと影の季節だ、とは誰からも聞いてはいない。
光陰ということば。
光は日、陰は月の意で月日、年月・・・時間である。
雷電爲右エ門
本名:関太郎吉(爲右衛門)。力士 生活21年、江戸本場所36場所中(大関は27場所)の
通算で喫した黒星がわずかに10番。
勝率は9割6分2厘、古今未曾有の最強力士ともいわれるが横綱ではなかったのでした。
◆今日の俳句・・・瑞泉寺柘榴も光る雲間かな <季語は柘榴(ザクロ)>
電光石火は稲妻や火打ち石が発する閃光。なのに雷光とは言わないのだ。
モンゴルだろうと関係ないのんねんのねん。立派な力士だ。
ロールオーバー!
双葉山(さん)なんかぶっとばせ。
オータム小寒
山から小僧ではなく、三好達治という詩人は下駄履きで渋谷・道玄坂を下り
ガード下しょんべん横町のおでん屋に通っていた。
その店はすでに無いが限定千部の「しぶや酔虎伝」という本になって残っている。
由比ヶ浜の早朝を立原正秋は酒と魚を抱えて逍遙していたそうである。
どんな人物がどんなところに出没していたかが、私にはおもしろい。
◆今日の俳句・・・月白を背に家路かな野良の婆 (季語は月白)
こういうこともあった。
かつて所沢・西武球場に日本シリーズを観戦に行った折、
子連れの椎名誠が歩いているのを見た。
彼とは応援するチームが違ったため、見たくなかった。
神宮球場では亡き忌野清志郎がドラゴンズのユニフォームを着て
リーグ優勝に歓喜する姿があった。
いまでもあの笑顔をしっかりと思い出せる。
ついでだが今年のタイガーズはジャイアンツよりやだな。
クエッ クエッ
青田赤道というオトコがメインキャラの「花の応援団」をご存知だろうか?
「ちょんわ ちょんわー」などと関西フレイバーな不思議でなるほどなオノマトペをよく発していた。
引退したプロ野球・清原のどこかにその不思議さが隠れていそうな気がする。
時事ネタだがアントニオ猪木が朝鮮民主主義人民共和国という国の勲章をもらったそうだ。
ここには青田赤道というオトコが隠れていそうな気がする。
そして現実はマンガ以上にはちゃめちゃな気がする。
◆今日の俳句・・・仲秋やねこいつもよりちかくに居
以前に書いた(聞いた)「リンダ=林田」説だが、
ダーリンは音楽業界ではリン・ダー(林田~)になるんじゃないかと思い、
検索したら、桑田佳祐に「ダーリン」という曲があった。
なんとなく、なるほど感が湧きました。
そういや、うる星やつらもダーリンだっちゃ。


