上海の地下鉄では、
「物乞い」をよく見かけます。
中でもいたたまれないのは、
切断された脚の傷を見せながら
這って来る物乞いや、
子連れの物乞いです。
今朝もその光景に出くわしたのですが、
その子連れを見ながら、
「この子は、本当にこの人の子だろうか?
赤ん坊のうちに誘拐された子供だろうか?
戸籍はあるのかな?
裏の組織があるんだろうか、、
本当にひもじい生活をしているんだろうか?
それとも
実は金持ちとか? 」・・・
と、
背景のストーリーを
「勝手に」想像している自分がいる事に、
ふと、気づきました。
それで、先入観を一度捨てて、
起こっている現象だけを
改めて観察して見る事にしました。
すると、面白い絵が見え始めてきました。
・ ひとりの女性が
・ 憐れそうな顔をして、
・ 力無さげに
・ 小銭の入った空き缶を
・ カシャンカシャンと振って、
・ 人前に立っている
・ 「だけ」なんです。
子供は、
・ 無邪気に笑顔で
・ ついて来ている
・ 「だけ」です
そのバランスが憐れさを
効果的に演出しているようにも見えます。
例えば彼女が街中で嬉しい事を思い出して
ニコニコしていても、
誰かと喧嘩をしてプンプンしていても、
それは自分の勝手ですし、自由です。
誰も嬉しそうにしていたり、
プンプンしている彼女を見かけても、
お金をあげることはないでしょう。
同じように「憐れそうに振舞っている」のも
勝手です。
でも、何故かその「憐れな振る舞い」
については、
人はお金を出してしまうんですね。
実際には
嘘か誠か、
本当に貧しいかどうかさえ、
誰にも真実はわからないのです。
そこに存在する事実は、
さっき言った見たままの
「ただ憐れそうに立っているだけの人」と
「それを見ている人」 という
関係性しかありません。
相手の行動をみて、
こちらが勝手にストーリーを作ってしまい、
慈悲心が沸き起こり
お金を差し出す。
相手は何も語っていませんし、
強要、脅迫もしていませんから
詐欺でも、恐喝でもないわけです。
不思議ですよね。
大道芸のように
パーフォーマンスを見せてもらって
楽しんだお代ならまだしも。
人はなぜその人たちにお金を払うのか、
おそらくそれは、
暗黙の了解というルール性が
成り立っているのでしょう。
それは「お金をくれ」という
パフォーマンスであり、
それが「お金をくれ」という
サインだと知っている
パターン化されたルールであって、
別にその人のこと本当に
気遣っているわけではない、
ということも含めて。
以前、ある人が笑い話で話してくれました。
物乞いが寄ってきたので、
街中で見つけて取って持っていた
「アルバイト急募」の張り紙をあげたら、
「バカ」と言われたとか、言われなかったとか・・・(笑
その方がよっぽど本質をついているずなのですが・・。
「現象・事象」 と 「想像」 の
狭間にあるフィルターは
いつもクリアにしておかないと
客観的判断が弱くなることがありますね。
人は感情がありますから、どうしてもそれに
判断を揺さぶられます。
それが人間的でもあるのですが、
「投資的観点」、「ビジネス的観点」でものを判断
するときは、なるだけ自分の感情を除外する
必要があります。
まず 「事象」 だけを捉える訓練は大事ですね。
それからあと、
これは語弊の無いように言っておかなくては
いけないのですが、
実際に中国では子供の誘拐や
組織的人身売買が存在しています。
その子供たちが物乞いについているのも
事実のようですし、
また詳しい背景はわからないものの、
脚を切られたり、腕がなかったり、
という怪我は、必ずしも事故ではなく、
故意であるという話もあります。
こういう社会問題の背景を鑑みながら
彼らを見た時、
実は本当に辛い人々なのかもしれません。
これもあくまでも社会問題をベースにした
推測ではあるのですが、
ただ、もしそうだとして
慈悲のつもりでお金を渡したとしても、
それは彼らの手には渡らず
結局、上の組織に吸い上げられます。
彼らの水揚げが少ないという理由で
暴力を振るわれる事もあるかもしれませんが、
いくら私たちが小銭をちゃりんと渡しても、
彼らの立場がよくなる事は
絶対にないでしょう。
本当に悲しい出来事です。
「自分だけはそう(乞食に)はならない」
という理屈ではなく、
人は「不平等」の世界の中に生きているのは
紛れもない事実です。
誘拐された子供や、その親の人生を考えると
望んだ未来ではなかった人も多くいるはずです。
こう言う社会問題と、自分個人の生き方を
つないで解決策を考えることは、
ほぼ無理でしょう。
なので、この問題を深く言及することは
ここではしませんが、
なんとかしなきゃ、と思う気持ちを持つ者が
ひとりでも多く出てくることで、
問題が緩和される未来が近づくのかもしれません。
自分もその一人としての気持ちを持っていたいですね。
