最近ブログやってなかった。

今大変すぎた。まあ見てないし誰も!好き放題書くよ!

 

 

会社で価値観の共有をしましょうとか、そういう宗教臭い人たちがいたりするわけですね。あとはカップルもそうだよね。なるべく同じ価値観を持とうとする。

 

まぁそれはいいことだと思う。

思想・良心の自由の侵害だという意見はもちろんあるとおもう。浅はかすぎるけど。まず価値観なんて一律になるわけがないのはまぁおいといて、価値の共有スペースが会社なら、その価値観に納得できないと言えば、会社にとっての利益を否定することになってしまうので、いらない人材になってしまうわけです。

 

やってることが少しばかり人情に欠けるくらいなら、会社の意向に従う義務があると思います。その価値観を知る努力は少なからず必要だと。

 

退職理由が様々ある中で、商売のアプローチにおいて人情に欠ける一面を見てしまった人たちは、その意向に賛同できないから辞めたってことになりますね。

この安いクソ商品を売りつければ会社は儲かるけど、お客様はかわいそうだとか。そんなんやったら最終的に客こなくなるぞとかね。

価値観の不一致もいいとこです。

 

 

 

そんなんで。

twitterで価値観の共有が出来る手段の一つとして、モノの値段を述べている方がいらっしゃいました。おそらくは消費できるものすなわち財全般を対象とした価値だとおもうんですが。

 

勝手に引用しますと、

 

「その商品が高い、と感じたら、製作者はあなたを購入者として想定していない」というのは、もっと知られていいことだと思う。値付けとは、同じ価値観を共有できる人と出会うための暗号みたいなものなのだ。

引用:twitter @fta7e

と述べていたわけです。

 

「その商品が〜想定していない」までは概ねその通りだと思います。マーケティングでは値段と商品の性質でターゲティングし、安いなら初心者とか若者向けとか、高いなら上級者とか、富裕層向けとか、でどんな人々に売るかを決定しますから。まずこの部分、投稿者の発言ではないというこのゆるさ。

 

高いと感じる人々を購入者として想定していないのは当然です。

極端を言えば小学生にグッチの財布が買えるわけないです。グッチさんも小学生向けに財布作って無いです。いい素材いいブランドという自信を売ってます。うちわは知りません。

絶妙なラインで言えば、

クロスバイクといった、自転車という括りでは若干高いチャリを買うのか?ですが、

例えば地方なら駐車場も安いし、車での活動じゃないと厳しいと考えている方なら、クロスバイクは微妙すぎるし、いらないために高い買い物だと感じます。

しかし都心に住まわれているため、駐車料金が高く、止めるスペースもほとんど無いか駅から遠いか、という方にとっては速度もそこそこあり税金もかからない。駐輪場なら散々あるから確実に行動範囲が広がると考える方なら、安い買い物だと感じる。

といった具合に高いか安いかは、所得以外にもその地域差であったり、クロスバイク以外の財にかかるお金なども要素として孕んでます。

 

生産者の視点で見れば、クロスバイクはママチャリよりは早く、ロードバイクよりはパンクしにくく安い。だから、よく外出するが都心住まいで駅周辺に向かうときとか、おしゃれなチャリが欲しい人、自転車通勤したい人、同時にスポーツもしたいとかいう人に向けた価格設定です。だだっぴろい田舎道を車でゴリゴリ走るやつに売ることは考えてませんと。そういうもんです。

 

 

 

そして次にめちゃくちゃ複雑なことを述べているんですねこの方。

 

 

値付けとは、同じ価値観を共有できる人と出会うための暗号みたいなものなのだ。

 

 

これもう意味わからなくないですか?笑

ポエムが過ぎてキチぃわよ。なによ暗号って笑 言葉が暗号化してるよ笑

 

 

 

・・・はい。

意味わからないので場合分けしましょうか笑

その前にこの文章では、「値付け」=「暗号みたいなもの」ですね。よくわからないっすね。

 

とりあえず消費者を自分自信として考えてわけますね。

 

思いつく限り出てくるのは、

 

価値観を共有する相手は誰なのか?問題です。

おおざっぱに2つ説が出てきます。

1、 消費者(自分) VS 生産者(というより販売側)

2、 消費者(自分) VS 消費者(他人)

 

もう一つの問題は、

価値観を共有することでどんなメリットがあるか?問題。

 

 

これらを主軸にして考えます。

 

共有対象問題における1説で、価値観を共有することに対するメリットはあるのか?ということですが、あると思います。

言葉はよくわかりませんが、結局のところは、「需要と供給の均衡が取れている」が答えなのではないかと思います。

まあ要するに、売る側はその値段100円で売っていいと思っていて、買う側は100円で買っていいと思っていると。この状態が価値観の共有が成功しているということなんだと思います。言ってることむつかしいですけどごくごく普通のことです。

 

2説で述べる価値観の概念は、これは取引ないしは契約という形はほぼないと考えます。コスパや効率のいい消費活動のための情報交換といったところでしょうか。あのバンドのCDがアマゾン川なら安く買えるよ!みたいな。アマゾン側のレビュー星5とか?

 

なので、前文で述べている内容を加味して、2説はほぼなくなります。

 

 

さて1説をメインとして話を進めますが、

これを暗号と表現している理由はよくわかりませんでした。

よくわからないなりにどういうことか考えました。

 

かなり曲解した解釈です。

投稿者は暗号化する理由を「価値観を共有する人と出会うため」としてますが、価格を暗号化する、すなわちわかりにくくすると情報の非対称性が増すと考えます。

 

極端に言えば、このレアなガムの値段を、俺は100円にしてるけど(本当は売ると5円だけど…だれも知らないからまぁいっか…)、価値のわかる人だけ買ってね。と言ってるわけです。

 

要するに、販売側は無理やり高く、モノの値段がわかる人に売りたいがために、市場価格をガン無視し、レアだからとか明確な根拠のない状態で売ろうとしてるわけですね。世界に数点しかないビンテージモノとか、その商品と類似した商品が他の会社で取り扱ってない、例えばブームが始まったころの競合他社がいなかったiQOSとかですね。

この状態が消費者にとっては市場価格がまったく判断できないので、高くても売れます。

今はグローが発売され、入庫数も増えたのでずいぶんましにはなりましたが、初代アイコスの場合は、他に加熱式タバコメーカーが無いために財が代替可能か判断がしづらく、どこにも売ってない状態、流通してるのかわからない状態。そんなものを中古で売れば、馬鹿高くてもある程度は売れるに決まってると。レアだから。どこで販売してるかよくわからないから。

 

とんでもない傲慢ですね。

価値観の共有は失敗してるのに、販売側がそれを無理やり成功にしようとしていることになります。

 

情報の非対称性とは、販売側にはたくさん知識があるが、消費者にはそれが欠陥品かそうでないかといった情報が無い状態を指しますので、

そういう意味ではそれが買うに値するかどうか何も分からないために蓋然的に消費者は値下げを交渉するわけです。というかその交渉に対して販売側は応じないと、売れません。

 

さて振り返りますが、

 

値付けとは、同じ価値観を共有できる人と出会うための暗号みたいなものなのだ。

 

これはつまり、

 

この値段で当然だろ?(無理やり)その真意がわかるやつだけが俺についてこい。そうだろ?☆

 

 

ということですかね?いやもうほぼこれだとおもうんです。

 

投稿者はこの気持ちを中古品か何かを販売した時に感じたことを呟いたのかとおもうのですが、正直いってもしネットでの中古品販売なら、価値観を共有するなんてもう不可能です。だってネットで服のサイズなんて寸法書いても全部はわかるわけ無いでしょ?絶対きれいな服だからなんて言い切れないでしょ?

 

価値観を自分に合わせろって思ってるんだとしたらちょっと消費者をなめすぎですよ。そのままお家の中で埃かぶってればいいと思います。

 

誰も買ってくれないという根拠があるなら、それはもう均衡を保てていませんからね。その暗号難しいんですよ。誰も理解できないんですから。暗号とか言ってる間に同じ質でもっと安く売っている生産者がいれば、消費者はそっちに勝手に流れていきます。ほんと当たり前のように流れます。

 

ネット販売に限らず、ちょっと妥協して売ろうとする努力が必要と思います。同時に消費者も値段を無駄に下げ過ぎないようにする努力も必要だと思います。そんなことしたって、売り手は売ろうと思えませんから。

そうやって均衡が成立するんですから。

 

 

 

 

 

…ワイの携帯の暗号8522

 

 

 

 

 

おわり