本当の痛みに気づいたら、まず自らが先に、形作られた物資的な喜びへの囚われを捨てる | ------時給数百円のフリーターが学ぶ本当の愛

本当の痛みに気づいたら、まず自らが先に、形作られた物資的な喜びへの囚われを捨てる

今の労働システムが作り出しているものは、自分というものを、形作られた狭い思考の範囲に限定することによって得られる、形作られた物質的な喜びです

例えば、社員は、派遣社員に社員が嫌う、きつい・汚い・危険な仕事をさせて、物質的な痛みを感じないようにすることによって、形作られた物質的な喜び(=高給・高待遇)を手に入れようとします。

社員自らがきつい・汚い・危険な仕事をしてしまうと、形作られた物質的な痛み(=恐れ)によって、形作られた物質的な喜び(=
楽して高給・高待遇)が打ち消されてしまうので、物質的な喜び(=高給・高待遇)を手に入れる自分と、社員に代わって、低給・低待遇で、きつい・汚い・危険な仕事をする派遣社員とを、別々に創造することによって、形作られた物質的な喜びを手に入れようとするのです。

もし、給料・待遇が良いとしても、自らがきつい・汚い・危険な仕事をしなければならないのなら、その仕事はしたくないという気持ちの方が強くなるから、ネガティブな(=分離の幻想に基づいた)物質的な喜びを手に入れるという経験を作り出すことはできなくなるでしょう。

社員は、自分の代わりに、きつい・汚い・危険な仕事をする、低給・低待遇の派遣社員がいなくなれば、自分が楽して、高給・高待遇を得られなくなるという形作られた痛み(=恐れ=形作られた自分が否定されてしまう恐れ)を感じます。

一方、派遣社員は、誰もが嫌がるきつい・汚い・危険な仕事を、社員の代わりにすることができなくなれば、生活ができなくなるという形作られた痛み(=恐れ=形作られた自分が否定されてしまう恐れ)を感じます。

この場合の本当の痛みは、社員が、自分が楽して高給・高待遇を得るために、派遣社員に、低給・低待遇で、きつい・汚い・危険な仕事をさせて犠牲にしたくないということであり、派遣社員も社員の代わりに、低給・低待遇で、きつい・汚い・危険な仕事をして、犠牲になりたくはないということになるでしょう。

形作られた痛み(=恐れ=闇)には、本当の喜びに対する希望(=光)はありませんが、本当の痛みには、社員が派遣社員を犠牲にしなくても、あるいは、派遣社員が社員の犠牲にならなくても成り立つ、新たな労働システム(=本当の喜び)に対する希望(=光)があります。

だから、本当の痛みに気づいたら、まず自らが先に、形作られた物資的な喜びへの囚われを捨てて、狭い思考の範囲を超えて意識を拡大し、自分(=社員)と他人(=派遣社員)とは別々であるという分離の幻想(=仮想現実)から抜け出すことです。

そして、その本当の痛みから感じた、目には見えない形のない光(=新たな労働システム=本当の喜び)を表に形として現わすことによって、本当の喜びを分かち合うことができるようになるでしょう。