まず、自分自身に自分で水をやることによって、自らの花を咲かせる
まず、自分自身 で自分に水をやることです。
そうすれば、必ず、自ら咲かせた自分の花(=自らの内から湧き出る喜びが外に形として表現されたもの)を見て、自分以外の誰かが喜んでくれます。
まず先に、自分自身で自分に水をやらずに、自分以外の誰かに水をやったり、自分に水をもらおうとしても、自分は枯れてしまうから、それを見て、誰も喜んでくれはしないでしょう(=本当の喜びは、まず先に、自らの内から湧き出てくるものであり、喜びをもらったり、与えたりすることはできないのです。もらっている、与えていると思っている喜びも、本当は常に、それぞれの内から自ら湧き出てくるものなのです。)。
何がなくても、自分は、自分自身で自分に水をやることができるから、大丈夫なんだと、今、気付くことです。
枯れてしまう前に、自ら気付いて、自分自身で自分に水をやり始めることが、自らのすべてをゆだねるということです。
自分自身で自分に水をやるということは、自らの内から湧き出る喜びによって、自らに必要なものすべてを創造できるということです。
だから、何がなくても、自分は大丈夫なんだと、今気付くために、すべてをゆだねるのです。
自分の存在そのものが、喜び(=水が自らの内から湧き出る喜びで、花がその喜びを外に形として表現したもの)であることを、思い出すのです。