創造(=豊かさ)は、すべて(=個性・多様性)の組み合わせ(=リンク・絆)によって生まれる
ひとつなるもの(=創造の源)がすべて(=組み合わせの源となる個性・多様性)となって、組み合わせ(=リンク・絆)を変えることによって、豊かさ(=創造)を生み出しています。
ひとつなるものは、すべてが絆で結ばれたものであり、永遠に尽きることのない、無限の喜びのエネルギーです。
無限にある現実の経験は、無限にある個性・多様性の組み合わせにより創造されます。
個性・多様性の組み合わせは、絆・リンクによってなされます。
絆・リンクは、見返りを求めない、喜びに基づく、無償の奉仕の精神(=創造の源の無限の喜びのエネルギー=助け合いの精神)により強化されます。
絆・リンクが弱くなると、すべてが別々になって、個性・多様性の組み合わせが困難・不能になります。
だから、無限の喜びのエネルギーにつながるためには、見返りを求めない、喜びに基づく、無償の奉仕の精神(=助け合いの精神)が必要なのです。
それが、ひとつなるもの=すべての本質なのです。
助け合いの精神による絆を強くすることによって、無限の喜びのエネルギーとつながることができます。
個人の視点から視た場合、絆・リンクを強化するとは、男性エネルギーと女性エネルギーの融合を強化することになります。
個性・多様性を組み合わせる(=リンクさせる)ことが創造する(=豊かさを生み出す)ということですから、創造の源-・・・・・-オーバーソウル-魂-霊体-精神体-感情体-肉体のつながり(=リンク)において、つながりが弱くなっている、個人の精神体の受動的マインド(=女性エネルギー)と能動的マインド(=男性エネルギー)の融合を強化することによって、創造の源までのつながりを強化することができるのです。
創造の源と魂の意志に、個人のすべてをゆだねるというと、自らの個性を無くしてしまう、自分が無くなってしまうことになるのではないかと恐れる方がいらっしゃいますが、ゆだねるとは、つながり・リンクを強化することによって、個性・多様性の組み合わせによる豊かな創造を可能にすることであり、個性をなくして、つながり・リンクを無くすことではないということを理解していただきたいと思います。
ゆだねるとは、つながりの輪の中から外れることではなく、その逆の、弱くなっているつながりを強化する、回復することです。
自分には自分が生きて行けるだけの十分なものが与えられていないという恐れから、精神体の能動的マインド主導で、自分で自分を守ろうとすることによって、精神体の受動的マインドとの融合が弱まり、その結果、個人から創造の源までのつながり・リンクを弱めているのです。
精神体の受動的マインド(=女性エネルギー)と能動的マインド(=男性エネルギー)の融合(=リンク)が弱くなると、高次の自分と低次の自分とのつながり・リンクが弱まるのです。
すべて(=個性・多様性)の組み合わせにより、本当の自分(=豊かさ)が創造されるのですから、精神体の能動的マインド(=男性エネルギー)主導により、肉体的・物質的な自分だけが、自分のすべて(=つながりとなるもの・絆)であるという思い込み、形への囚われがあると、恐れから自分で自分を守ろうとして、肉体的・物質的なものを奪い合う、殺し合いの精神が形作られるのです。
無限の喜びのエネルギーが、すべての本質(=ひとつ)です。
喜びのもとには、すべてがひとつ(=本質)となるのです。
本来、存在するものすべてが、見返りを求めない、喜びに基づく、無償の奉仕の精神(=助け合いの精神)を持っています。
だから、逆を言えば、見返りを求めない、喜びに基づく、無償の奉仕の精神(=助け合いの精神)を持てば、そのつながり・リンクにより、無限の喜びのエネルギーにつながることができます。
そこへのつながりは、助け合いの精神によりできます。
殺し合い、潰し合い、独占(排除)し合いの競争の精神では、そこへはつながれないのです。
創造の源と魂の意志に、自らのすべてをゆだねることによって、強化されるつながりの中で、個性・多様性は殺されるのではなく、生かされるのです。

