心の喜びと物質的な喜びを融合させると、見るものすべてが輝いて見える | ------時給数百円のフリーターが学ぶ本当の愛

心の喜びと物質的な喜びを融合させると、見るものすべてが輝いて見える

この物質的な現実の世界においては、心の喜びと物質的な喜びを融合させることが、無条件の愛の波動と調和することになり、本当の喜び(=すべてが喜びのもとにひとつとなる)を手に入れることになります。


心の喜び、あるいは、物質的な喜びのどちらか一方を肯定し、もう一方を否定すると、その否定的な判断の方に偏って(=凝縮して)、意識のバランスが崩れ、恐れが生じ、その恐れによって凝縮された、ネガティブな可能性が現実化しようとします(=恐れのもとではすべてが別々になる)。



左の翼:目に見える形のあるものを見る目(=物質的な目)、知的・理性的、物質的、能動的、男性的


右の翼:目には見えない形のないものを見る目(=心の目)、感情的・感覚的、心的、受動的、女性的


どちらか一方の翼だけを開いて、もう一方の翼を閉じると、両翼(=意識)のバランスが崩れ、恐れが生じ、飛ぶことができずに、空を飛ぶ本当の喜び(=無条件の愛の波動と調和する喜び)を手に入れることはできません。


左の翼も右の翼も、どちらか一方ではなく、どちらも同時に、同じように開くことによって、両翼(=意識)のバランスを取るのです。


左の翼も右の翼も、どちらも肯定も否定もせずに、無条件に許容して、神の意志と魂の意志にゆだねることによって、両翼(=意識)のバランスが取れ、空を飛ぶ本当の喜び(=無条件の愛の波動と調和する喜び)が手に入るのです。


両翼(=意識)のバランスが取れて、ひとつになることが喜びで、偏ってバランスが崩れ、別々になることが恐れです。


心の目あるいは物質的な目の、どちらか一方を開いて、もう一方を閉じると、意識のバランスが崩れ、恐れのために、見るものすべてが暗く、歪んで見えます(=暗く、歪んだ心の喜び、あるいは、暗く、歪んだ物質的な喜びとなります)。


心の喜びと物質的な喜びが、恐れのもとに別々になる(=無条件の愛の波動と調和しない)のです。


心の目と物質的な目を、どちらも同時に、同じように開くと、心の喜びと物質的な喜びが融合して、見るものすべてが輝いて見えます。


心の喜びと物質的な喜びが、喜びのもとにひとつとなる(=無条件の愛の波動と調和する)のです。



心の目で見る夢を、物質的な目で見る現実に、融合させることによって、心の喜びと物質的な喜びを融合させることができ、すべてが輝いて見える(=すべてが喜びのもとにひとつとなる)のです。


だからこそ、まず先に、目には見えない形のないもの(=エネルギー的な純粋な喜び)を、心の目を開いて見ることができたのなら、次は、物質的な目も同じように開いて、物質的な現実に、目に見える形あるものとして融合させるために、実際に行動に移すことが必要なのです。



心の目で見る夢は、物質的な現実にはありえないと、あきらめて、心の目を閉じて、物質的な目だけを開いて、物質的な喜びに偏って追い求めるか。


あるいは、物質的な現実から、心の喜びを得ることはできないと、あきらめて、物質的な目を閉じて、心の目だけを開いて、心の喜びに偏って追い求めるか。


そのどちらも、両翼(=意識)のバランスが崩れて、恐れのために飛ぶことができずに、空を飛ぶ本当の喜び(無条件の愛の波動と調和する喜び)を手に入れることはできないのです。