日食・月食は、宇宙にあるパワーメター(=見かけ上、パワーが食われる)
自分の持っている観念が、すべてポジティブな観念であれば、影はないから、闇は経験しない。
つまり、自ら光ることができる。
自分の持っている観念が、ポジティブとネガティブの両方あれば、ネガティブな観念から意味づけしたときに、影ができ、闇を経験する。
つまり、自ら光ることができない。
自分以外の誰かの光を受けたときに、ポジティブな観念から意味づけすれば、自らも光っているので、受けた光と自らの光が合わさって、ますます、輝きを増す。
自分以外の誰かの光を受けたときに、ネガティブな観念から意味づけすれば、そのネガティブな観念が影となり、光を見ることができずに、闇を経験する。
日食のときに、受ける光が欠けて、闇を経験したときに、ネガティブな観念が影となり、闇を経験していたと、自ら気付けば、食は終わる。
つまり、ネガティブな観念は、それに気付いた瞬間にポジティブに変わり、自ら光ることができる。
日食のときに、受ける光が欠けて、闇を経験したときに、ネガティブな観念が影となり、闇を経験していたと、自ら気付かなければ、食は終わらない。
つまり、ネガティブな観念を持ったままであるから、また、同じような状況に直面したときに、そのネガティブな観念から意味づけしてしまい、闇を経験する。
自ら光って自分以外の誰かを照らしたときに、相手が光っていれば、照らした光と相手の光が合わさって、ますます、輝きを増す。
自ら光って自分以外の誰かを照らしたときに、相手に影があって、闇を投影していても、その影がなくなれば、光に変わると気付く。
月食のときに、照らす光が欠けて、闇を経験したときに、ネガティブな観念が影となり、闇を経験していたと、自ら気付けば、食は終わる。
つまり、ネガティブな観念は、それに気付いた瞬間にポジティブに変わり、自ら光ることができる。
月食のときに、照らす光が欠けて、闇を経験したときに、ネガティブな観念が影となり、闇を経験していたと、自ら気付かなければ、食は終わらない。
つまり、ネガティブな観念を持ったままであるから、また、同じような状況に直面したときに、そのネガティブな観念から意味づけしてしまい、闇を経験する。
日食と月食の違いは、日食は、自ら光ることができない人(=地球の視点)が、自分以外の誰かに光を照らされて、自分の持っているネガティブな観念(=自らの影)に気付くことであり、月食は、自ら光っていって(=太陽の視点)、まだ闇を経験することがある人が、自分がまだ持っているネガティブな観念(=自らの影)に気付くことです。
影を持って、闇を経験している人に対して、光を照らすことはできても、その影を消すことはできない。
影は、その影を持っている人が、自ら気付くことによってしか消えないからです。
つまり、自ら気付くとは、自ら光るということです。
自ら光れば、影は消えます。
例えば、ある人が自分以外の誰かに会えたら嬉しいと思っているとします。
そして、その人が自分以外の誰かの視点から見た場合、影を持っているとします。
自分以外の誰かは、その人を光で照らすことはできますが、その人の持っている影を消すことはできません。
そうすると、その人が自分以外の誰かに会えたら嬉しいと、ポジティブな光を持っていても、その人が持っているネガティブな影のために、光を影が食ってしまい、本当はポジティブなパワーはあるのに、ネガティブなパワーが見かけ上、ポジティブなパワーを食ってしまい、ブレーキがかかり、動けない、自ら会うという行動に出れないということになります。
その人が自ら動く前に、自分以外の誰かが、その動けない、その人に会いに行くことはできない。
その人を動けなくしている影を、消すことができるのは、その人自身だからです。
だから、この場合、その人が動くことができないのなら、自分以外の誰かが会いに行けばよいではないかと、考えるかもしれませんが、それは、その人が自ら影を消す機会を奪うことになるので、そうすることはネガティブであり、しないことがポジティブです。
本来、その人自身に、自ら会いに行くという行動に出ることができる、ポジティブなパワーがあるのです。
その人が持っている影のために、ポジティブなアクセルとネガティブなブレーキを同時に使って、動けない状態にしているだけですから、自分以外の誰かは、その人が自らそれに気付くことによって動くことができるとわかっていますから、ただ待つというポジティブな行動を取っているのです。
日食と月食のイメージを、宇宙にある、自分のパワーメーターとして使うのです。
自らポジティブな行動をする(=自ら光る)ことを望んでいて、いざというときに、それができないということは、見かけ上、そのポジティブなパワーを食っている、ブレーキをかけている、ネガティブな観念(=自ら光ることのできない影)があるのです。
だから、パワーメーターのイメージを利用して、ポジティブな方向に加速するように、自らのネガティブな観念に気付いていくのです。
気付けば、ただそれだけで、見かけ上の食(=パワーを食われる)は終わります。
ネガティブな方向ではなく、ポジティブな方向に統一性のある行動ができるようになります。
ポジティブな方向に統一性があるものを統合といい、ネガティブな方向に統一性のあるものを分離といいます。
今、エネルギーは分離から、統合の方向に加速しているのです。
意味づけによっては、どちらの方向にも加速してしまうので、諸刃の剣でもあります。
なぜなら、ポジティブもネガティブも、元は同じエネルギーで、方向性に違いがあるだけだからです。
だとしたら、日食と月食のパワーメーターのイメージを使って、自分の望む、ポジティブな方向に加速するように、自らブレーキをかけている、ネガティブな観念に気付いて、ポジティブな観念から意味づけしなおして、自らポジティブな行動が取れるように、エネルギーの方向性を統一すればよいのです。