自我の構成要素が、なぜ、精神体・感情体・肉体の三つなのか?について考察する | ------時給数百円のフリーターが学ぶ本当の愛

自我の構成要素が、なぜ、精神体・感情体・肉体の三つなのか?について考察する

なぜ、自我(パーソナリティー)が、精神体、感情体、肉体の三つの異なる意識の波動で構成されているのかについて、考察してみましょう。



まず、自我が、純粋な光の波動を通して、解釈する装置と考えてみます。



そうすると、


精神体は、純粋な光の波動を知的・理性的に解釈する装置、


情体は、純粋な光の波動を感情的・感覚的に解釈する装置、


肉体は、純粋な光の波動を肉体的・物質的に解釈する装置


である、と考えることができます。



創造の源とハートの純粋な波動が、一番最初に通るのは、精神体です。


ここで、なぜ、一番最初に精神体を通るのか?感情体や肉体ではだめなのか?という疑問が湧いてきます。


一番最初に通るということに、何かの意味があるはずです。


まず、精神体は、純粋な光の波動を知的・理性的に解釈しますから、精神体単独では、感情体のように、直接的に、感情的・感覚的には解釈できないということになります。


このことは、精神体においては、単独では、直接的に、純粋な光の波動を感情的・感覚的に解釈できないために、精神体が単独で知的・理性的に思考を使って、矛盾していると考えなければ、純粋な光の波動からどんなに分離した、ネガティブな感情や感覚が生じる観念であっても持つことができる、ということを示しています。


もし、精神体に、感情体の要素が、同時に兼ね備えてあれば、感情的・感覚的に恐れなどのネガティブな感情や感覚は感じたくないと思えば、純粋な光の波動から分離したネガティブな観念は持たないはずなのです。


感情体の本来の在り方、純粋な光の波動としては、恐れではなく、喜びを感じていたい、ということなのです。



もし、精神体に、同時に、感情体の要素があれば、自らが恐れを抱くような観念は持たない、それが、本来の純粋な光としての在り方です。



つまり、純粋な光である、ハートは、それ自身に、感情的な知性を持っている、ということになります。


そのハートが、自らの分身として、本来ひとつである、一体化して調和している、自らの性質を、分離して、形として投影したものが、精神体と感情体ということになります。


純粋な光としては、本来ひとつである、ハートの感情的な知性を、ハートの分身として、形として分離して、別々に投影することによって、感情体において、恐れなどのネガティブな感情が生じる、分離した観念を、精神体が持つことができるようになります。


そのことによって、純粋な光として在るときには、経験することのできない、光から分離した闇の成分を取り出し、経験することができるのです。



そして、肉体的・物質的な三次元での現実の経験を通して、肉体的な苦痛や感情的な不快感や知的・理性的な矛盾が生じた出来事を、精神体に記憶として取り入れます。


精神体は、それらの記憶に基づいて、精神体主導で、思考を使って、総合的に経験を解釈し、知的・理性的、感情的・感覚的、肉体的・物質的な矛盾を解消しようとしますが、精神体は、すでに記憶としてあるものの、形に囚われて、相対的に知的に判断することしかできないために、解消することはできません。


それらの矛盾を解消できるのは、現実の経験を、感情的な知性で、感じ考えることのできるハートだけです。


ハート主導で、精神体の、直観的に全体をイメージとして受け取る思考を使って、ハートの、形を超えた知的・感情的な絶対的な合一の認識を、精神体に与え、それを受け取った精神体が、その直観的な知的・感情的な合一の認識を、言語化する思考を使って、知的・理性的に理解し、気付きを得るのです。


ここで、精神体が最初に持っていた、光と分離した闇の成分を現実に反映し、創造してしまう、分離した観念の、分離(=形への囚われ)が解消されます。



そして、創造のプロセスにおいて、一番最初に、創造の源とハートの純粋な光の波動が通る、精神体において、観念の分離(純粋な光の波動との知的・理性的な矛盾・ずれ)が解消されれば、後に続く、感情体、肉体においても、純粋な光の波動との、感情的・感覚的、肉体的・物質的な矛盾・ずれも、同時に解消されるのです。



だから、創造のプロセスにおいて、精神体が持つ、分離した観念により始まる、精神体、感情体、肉体に苦痛を生み出す、分離のサイクルを解消するためのプロセスは、なぜ、自我(パーソナリティー)が精神体・感情体・肉体の三つの異なる意識の波動で構成されているのかを理解していくプロセスでもあるのです。



精神体は、知的・理性的にしか、思考を使うことができません。


感情体は、感情的・感覚的にしか、思考を使うことができません。


ハートは、知的・理性的・感情的・感覚的要素を、別々にではなく、それらのすべてがひとつとして、思考を使うことができます。



肉体は、肉体的・物質的な側面(純粋な光の波動の投影・分身)。


感情体は、感情的・感覚的な側面(純粋な光の波動の投影・分身)。


精神体は、知的・理性的な側面(純粋な光の波動の投影・分身)。


霊体(ハート)は、霊的な青写真(純粋な光の波動そのもの)。



創造された現実の経験を通して、精神体・感情体・肉体の純粋な光の波動との分離を解消し、ずれ(=矛盾)を修正し、霊体(ハート)と一体化して調和することによって、波動を上げていくのです。


そして、その上昇した波動が反映された、現実の経験が創造されるのです。