精神体の持つ観念が、分離している場合の、創造のプロセスについて考察する
創造のプロセスにおいて、精神体の持つ観念が、分離している場合を考えてみましょう。
まず、創造の源から純粋な光が、ハート(魂の青写真)に送られ、ハートの波動と調和して一体化します。
次に、ハートにより密接に重なっている精神体を、創造の源とハートの波動が合わさった波動が通り、そのときに精神体の持つ観念は、純粋な光の波動から分離しているために、創造の源とハートの波動と合わさるときに、ずれを生じ、調和せずに、一体化せずに、精神体の波動が合わさります。
このとき、精神体において、観念が分離しているために、知的・理性的に、純粋な波動との間で、矛盾(ずれ)が生じます。
そして、さらに、精神体により密接に重なっている感情体を、精神体からの波動が通ります。そのときに、創造の源とハートと精神体の波動が、調和せずに、一体化せずに、ずれて合わさっているために、感情体においては、純粋な光の波動が持つ、本来の感覚である喜びではなく、光から分離した闇としての、恐れが生じます。
このとき、精神体において、観念が分離しているために、感情体においても、感情的・感覚的に純粋な波動との間で、矛盾(ずれ)が生じます。
その感情体の、純粋な波動と調和していない、恐れの波動に基づいて、感情体主導で、精神体の思考を使って、その恐れを打ち消すための欲が、精神体に形作られ、その欲を満たす原動力となる感情も同時に、感情体に形作られます。
そして、感情体により密接に重なっている肉体に、欲を満たすための、反応や行動を生み出す波動が作られ、その波動が、創造の源とハートと精神体と感情体の波動と調和せずに、一体化せずに、ずれて合わさります。
このとき、精神体において、観念が分離しているために、肉体においても、肉体的に純粋な波動との間で、矛盾(ずれ)が生じます。
ここで、精神体・感情体・肉体の三つの意識が重なった自我(パーソナリティー)固有の波動となり、その波動を創造の源に投影し、その投影に基づいた現実の経験ができるような波動が、反映として返され、それをハートと自我が受け取り、現実の経験として認識します。
このとき、反映された現実の経験は、創造の源とハートと自我の波動が調和せずにずれて合わさった、自我の持つ波動の、闇の成分を反映した、不調和で、ネガティブな感情の入り混じった経験となります。
そして、その経験が創造の源に送られ、全体のエネルギーに加えられます。