分離(苦痛)のサイクルについて考察する(善と悪の場合)
分離のサイクルについて考察してみます。
①善と悪という対になったひとつの観念のうち、善を肯定・執着し、悪を否定・排除する場合、自我の相対的な不完全な認識が、無条件の愛(ハートの絶対的な完全な合一の認識)と分離し、恐れの感覚が生じる。
②その恐れの感覚のために、ハートと分離した自我主導で思考を使い、その恐れを打ち消すために、自我が善と認識するものを肯定・執着し、悪と認識するものを否定・排除するための破壊欲が形作られる。
③その破壊欲により、恐れを自分の外側に投影し打ち消すための原動力となる、怒りという感情が形作られる。
④その怒りという感情により、恐れを自分の外側に投影し、自我が善と認識するものを肯定・執着し、守り、悪と認識するものを否定・排除し、攻撃するという行動(反応)をとる。
⑤その行動の結果、破壊欲が満たされたら、満足感を得て、満たされなければ、不満足(欲求不満)となる。
⑥破壊欲を満たし、満足感を得たとしても、根本的には、恐れは解消されていないので、次に同じような状況に直面したときに、再び、恐れから、思考により、破壊欲を作り出し、その破壊欲を満たすための怒りという感情も作り出され、恐れを自分の外側に投影する行動(反応)をとる。
このサイクルを繰り返すことが、分離のサイクルであり、苦痛の根本原因となっているものです。
そして、特に、恐れが強く、怒りを外側に投影する対象が固定化され、強い怒りが持続されるときには、怒りは憎しみという感情に変容します。