人間として、今、この瞬間に在るという認識について考察する | ------時給数百円のフリーターが学ぶ本当の愛

人間として、今、この瞬間に在るという認識について考察する

人間として、今、この瞬間に在ると、認識するためには、自我とハートが一体化して、調和していないとできません。



自我とハートとの調和であり、自我が、ハートだけを肯定し、自我自身を否定して排除することではありません。



ハートは、自我の存在を、無条件に許容していますから、ハートが自我を否定し、排除することはありません。



だから、自我が、自我自身を否定し、排除しようとすれば、自我とハートが分離して、不調和となり、自我とハートが一体化し、調和することによって、今、この瞬間に在ると、認識することができなくなるのです。



ハートは、今、この瞬間に在ろうとしなくても、常に、今、この瞬間にあります。



ハートは、記憶を超えた、自分の本当の生きた心だからです。



そのハートの、常に、今、この瞬間に在るという、認識を妨げているのは、自我がハートから分離して、記憶の中に形作れた、自我主導の認識になっているからです。



自我が、自我自身を否定し、排除しようとすると、自我がハートから分離して、不調和となるのですから、自我が、自我自身を、無条件に許容し、ハートと一体化して、調和しなければならないのです。



ハートは、エネルギーの波動(振動)ですから、自我が、そのハートのエネルギーの波動と一体化して、一緒に振動しているときには、その波動の、どの瞬間においても、常に、今、この瞬間に在ると、認識されます。



しかし、自我が、そのハートのエネルギーの波動から分離して、一体化していないと、自我のいるところである、記憶の中から見たときには、相対的に時間が流れていると認識します。



そして、自我主導で、記憶の中に、相対的に、形作られた、今が過ぎ去った過去や、今が未だ来ない未来としてしか認識できずに、ハート主導の、記憶を超えて、常に、今、この瞬間に在るという、認識ではなくなってしまうのです。



記憶の中に、形作られた自我が、自分の本当の生きた心である、ハートのエネルギーの波動(振動)と一体化して、一緒に振動しているときには、相対的な差は生じないので、ハート主導で、記憶を超えて、常に、今、この瞬間に在ると、認識できます。



そして、自我が、ハートの波動(振動)から分離して、一体化していないときには、自我主導で、相対的に、記憶の中に、形作られた、過去や未来を認識するのみで、記憶を超えて、常に、今、この瞬間に在ると、認識できない、ということなのです。