ワンネスとは、完全な自由意志に基づく、完全な調和の状態です。
ワンネスが完全な自由意志に基づく完全な調和の状態なら、完全な自由意志に基づかない不完全な調和は、ワンネスではないということになります。
だから、ワンネスの体験は、今、完全な調和をしていない、この形に囚われた現実の世界における体験ではないということになります。
本来、時空の制限を受けないハートが、この現実の世界を離れて、高次元にある完全に調和した世界を垣間見て、完全な調和の世界があるということを思い出す体験です。
だから、その体験の後、この現実の世界を新たに見た場合、この世界は不調和であるということが、完全な調和とは、はっきりとした差があるということがわかるのです。
もし、この現実の世界が、完全な調和の世界であれば、一切の恐れも、痛みも、苦しみも、あらゆるネガティブな感情は、湧いてこないし、自分と他のものが、別々であるとみなして、否定して攻撃し、破壊するようなことは、一切ないということなのです。
だから、もし、完全な調和を望むのなら、自分自身の認識の方法を、自我の相対的な不完全な認識方法から、ハートの合一の、絶対的な、完全な認識方法に変えて、今のこの不完全な調和を経験している現実にとどまるのではなく、今もすでに、同時に存在している、完全な調和の方向に向かう経験のできる、別の現実に、自らが意識をシフトしなければならないのです。
そうすることによって、自分が望む、完全な調和の方向に向かう現実の世界の経験を、認識するようになるということです。
今までどおり、不完全な調和の現実の中で、無条件の愛とは、かけ離れた経験をしたいと思う人もいれば、今までと違って、完全な調和に向かう方の現実で、無条件の愛そのものを経験したいと思う人もいます。
その現実の経験は、どちらか一方だけではなく、どちらも同時に、すべてはひとつとして存在していますから、自らの自由意志に基づく選択によって、どの現実を経験するのかということが決まってくるのです。
つまり、自分自身の認識方法を変えて、意識を、望む現実の経験のできる、今もすでに、同時に存在している、別の現実にシフトすればよいのであって、今ある不完全な調和を経験している、この現実の世界を、完全な調和の方向に変えていくということではないのです。
だから、自分以外の他の誰かの認識方法を変える必要はなく、自分自身の認識方法さえ変えることができればよいのです。
すべてが、自由意志に基づく選択により決まるのが、無条件の愛の在り方なのです。
ワンネスの体験も、今いるこの現実の世界が、完全な調和に変わっての経験ではなくて、今いるこの現実の世界から、自分自身の認識方法を変えて、今もすでに、同時に、完全な調和の世界として存在している、別の次元に、意識をシフトして、ハートに完全な調和の世界があるということを、思い出させることなのです。
まず先に、ハートが、完全な調和のある世界に意識をシフトして、完全な調和があるということを思い出す。
そうしなければ、不完全な調和の世界である、今のこの現実の世界に意識の焦点を合わせても、完全な調和の世界を思い出すことはできないからです。
だから、ハートが、完全な調和の世界に意識をシフトして、ワンネスの感覚を思い出したとしても、今いるこの現実の世界は、相変わらず、不完全な調和のままであるから、ワンネスの感覚は持てないのです。
現実の経験の中で、ワンネスの感覚を得るためには、ハートがまず、完全な調和の世界に次元上昇して、完全な調和の世界を思い出します。
その後、ハート主導により、肉体に、より密接した意識である自我が、不完全から完全な認識方法に切り替えていくことにより、自我がハートに調和し、肉体もハートに調和して、ハート・自我・肉体のすべてがひとつとして、認識方法が変わるので、その変わった意識にあった現実の経験ができる、今もすでに、同時に存在している別の現実に、シフトするということなのです。
もし、今いるこの現実の世界に、すでに完全な調和が存在しているのなら、わざわざ、先に、ハートが次元上昇して、ワンネスを体験し、完全な調和の世界を思い出す必要はないということになります。
だから、今いるこの現実の世界に、完全な調和がないから、先に、ハートが次元上昇して、完全な調和を思い出し、その後、完全な調和を思い出したハート主導で、自我と肉体を不完全な認識方法から完全な認識方法に切り替えて、すでに、今も同時に存在している、完全な調和の方向に向かう経験のできる、別の現実に、意識をシフトさせて、次元上昇するのです。
ハートが先に、ワンネスを体験し、完全な調和の世界を思い出して、次元上昇しても、ハート・自我・肉体の全体としては、今いるこの現実の世界が完全に調和していて、ワンネスの感覚が持てるということではないのです。
ワンネスの体験とは、完全な調和と不完全な調和の間の、ギャップに気付く体験、ということが言えると思います。
そのギャップを埋めるために、先にワンネスを体験して、次元上昇した、ハート主導で、自我の認識方法を変え、ハート・自我・肉体のすべてがひとつとして、完全な調和の方向に向かう経験のできる、今もすでに同時に存在している、別の現実の世界へ意識をシフトさせます。
けして、今いるこの現実の世界を、不完全から完全な調和の方向に変えて、ギャップを埋めることではないのです。
今いるこの現実の世界は、不完全な調和の中で、無条件の愛からかけ離れた経験をするということが、自由意志に基づく選択により、その意識の総意のもとに、創造されている世界ということです。
厳密に言えば、まだ、このまま不調和に向かう方向と、新たに調和に向かう方向とが混在した現実を、経験しているということになりますが、これから先は、各人の自由意志に基づく選択により、望む経験のできる現実に、それぞれの意識がシフトして行って、不調和なら不調和、調和なら調和と、方向性がはっきりして行くと思います。
まず先に、ハートが、ワンネスの体験をしていなければ、完全な調和の方向に向かう現実を経験することができない、というわけではなくて、不完全な認識方法から、完全な認識方法に変えていく、意識をシフトさせていく過程の中で、ワンネスという体験があるということです。
まず先に、ハートが、ワンネスの体験によって、完全な調和の世界を思い出せば、今いる現実の世界で、完全な調和と不完全な調和の、ギャップに気付きます。ハートがそのギャップを埋めるために、ハート主導で、自我の認識方法を変えて行き、ハート・自我・肉体のすべてがひとつとして、より完全な調和の方向に向かっていくということなのです。
ワンネスという体験は、不完全な調和から完全な調和に向かう過程の中での、ひとつの体験にすぎず、その体験をしたからすべてが完全に調和したということではないのです。
ギャップに気付いて、そのギャップを埋めるために、ハート主導で、自我の認識方法を変えていかなければ、完全な調和の方向には、けして、自動的には向かないのです。
自由意志に基づく選択により、今もすでに、同時に存在している、望む経験のできる別の現実に、意識をシフトさせるのです。
だから、完全な調和と不完全な調和のギャップに気付いたら、自我とハートの認識の差を、埋める作業をしなければ、ワンネスの体験をしたから、自分はすでに完全に調和していると思って、自分以外のものを変えようとして、自分自身を変えようとしなければ、完全な調和の方向に向かう経験のできる、別の現実に、意識をシフトすることはできないのです。
次元上昇とは、ハート・自我・肉体のすべてにおいて、真実の自己を思い出すことです。
ハートが思い出す。自我が思い出す。肉体が思い出す。
ハートだけではなく、すべてが思い出すことです。