紆余曲折を経てこっちに戻りテコンドーに復帰して、大会に出場する機会がある時は可能な限り出るようにした。

今に比べると数も少ないので参加する事にも問題はなかった。

試合に出ると決めたら、これから何をすれば良いのか思案して実行に移していく。

それは選手であれば極普通な事だ。

勝つ為に何が必要なのか考える事は結局、スポーツ科学の分野に足を踏み入れていく事になるので、試合に出る事が勉強の切っ掛けにもなっていた。

つまり知識を得て試合で経験する事が様々な知恵を育むに繋がる。

やらないとわからないってのはそう言う事だ。

出るかと聞かれれば「出ます」の一言で先ず決めて他の事は後からやり繰りしていく。

先に色々な条件や環境を考えてしまっては全く前に進めなかったからだ。

今でも出場する大会を選びはするが、それほど大きな違いはない。

何故、試合に出ようとするのか。

それは学生時代にやらなかった事、やっていなかったものを取り戻そうとする作業でもある。

当時は今に比べてあまりに知識と経験が乏しく遥かに狭い見識、小さな世界観で見ていた。
時代の流れも影響はしていると思う。

大会に出場するという非日常的な体験をどれだけ高く昇華できるか、それはそこに至るまでの取り組みに依存する所が多いと思う。

昇華する事がオリンピズムと言う人生哲学にも繋がるのではないだろうか。