教育というのは本当に難しい
正解というのものがない
今の社会において1つ指標があるとうすれば
テストや通知表で数値化される成績というもの
しかし成績が高いのが正しい教育
成績が低いのが間違った教育かというと
一概にそうとは言い切れない
成績だけでは測れないものがある
勉強だけが教育ではない
スポーツもあるし社会性を学ぶための人間関係だって
非常に重要
それらも包括的に含めて教育と言うべきだろう
そう考えるとますます教育は難しい

人間関係にも恵まれて成績も優秀という人でも
やりたいこともみつからず不完全燃焼の毎日を過ごす人もいるし
逆に成績はどん底でもそこで負けん気が養われて将来成功する人もいるし
人間関係に恵まれなかったから逆に人を大切に出来る人になることだってあるし

何が正解で何が間違っているのかというのが非常にわかりずらい
それぞれがそれぞれのやり方で正しい教育・より良い教育を
目指していてもその過程でドロップアウトしてしまう人や
それぞれの方法にたまたま合わなかった子がいたら
おそらく良い方向には導けない

そう考えると実は学校やそのほかで行なわれる教育というのは無力なのかもしれない

でも自分の中で唯一良い教育・正しい教育に結びつくものがあると思う

それは両親の愛情である

両親の愛情が注がれていれば
どういう教育の受け方をしてもそれを糧に変換できる力がつく
変換できる力があれば自分が受けた教育を正しく出来る

ということは良い教育というのは子どもに直接施すよりも
その親に対して行なう教育を整えれば全体のレベルが上がる

親としてのあり方
子に対しての愛情の振舞い方
背中の見せ方

これも正しいものがあるわけではないだろうけど
根底に置くものが共通であったら良い教育になるんじゃないのか

親だって子育ては素人なんだから
教育の仕方なんてわかっていない
どのように接しどのように振舞えばいいかわかっていない
そういう人たちを教育しなければならない
どんな環境・体験も正の方向へ変換できる力を身につけさせる
変換できる力を蓄えてあげる
それが教育のあり方なのではないか

ほとんど素人の考えだけど
今の仕事を通してやはり親の影響ってでかいなって感じる

でも親の関わり方を学ぶところってなかなかない
そんな中で唯一の指標である成績をあげるということに
注力しても結局何も変わらない

本当の教育って
親にこそ必要なのかもしれない

教育の本質は変換させる力をもつ土壌を作ってあげること

自分は後出しの人間です

卑怯な奴なんです


相手の出方をみてこちらの態度を決める

なかなか自分から手の内を見せない


相手から与えられた分を考慮して返す

自分から与えるということをしない



まずもらうこと

まず奪うこと

まずしてもらうこと

まず与えられること

そんなことを求めている甘ちゃんです


そしてそれによってどれだけ返すかを考えている

相手の出した手によって自分の手を決める

自分が得をしようとするとんでもない奴



なんでもそうだった気がする


まず自分から100%人を好きになることはなかったかな

相手の気持ちを見てから自分の気持ちを決める

相手にその気がないなら俺も気持ちを消す

相手が良く思っているなら俺もそう思う


自分から何かを与えることなんてしてこなかったな~

まずもらってからお返しというような感じだったもんな


だから先出しする人とかに会うと理解ができない

俺が返す前にどんどん与えてくれる

やばいと思って

返すとそれにさらに返してきてくれる


損得勘定なしにどんどん手を打ってくる

それを受けていると

相手の手を見てプラスマイナスで考えて妥当な手を後から打つというのが

どれだけ小さいことか恥ずかしくなってくる


相手がどう思おうと自分が好きだっていう気持ちが大事なのに

それに相手が応えてくれないっていうのは寂しいけど

でも自分の気持ちまで変えることはない

相手の手を見て自分の手をいちいち変えるって

結局意識が自分に向いていて相手のことなんて考えてない

得したっていう感情を味わいたかったり

傷つきたくなかったり

そんな弱さを隠したり保護したりする力が働いているだけ


相手がしてくれた分だけ与える

これじゃあ人間が小さすぎるな~

俺の場合どうも見返りを求めてしまうけど

でもここでも幸運なことに

俺の周りには

まず与えるっていう姿勢の人が何人もいる

いや~

ラッキーだな

神様はここで学べって言っているんだろうな


選択の演習っていうゲームをやった

俺は常に相手の手を見て自分の手を選択してきた

時に相手から与えてきてくれたものを無に帰したりもしてきた


常に「4」を出す

常に承認を与える

自分の手は出す前から決める

何があっても一生涯付き合う仲間だと決めてしまう

そしたら全てが動き出す

弱さが少しずつ強さになる

卑怯さはやがて誠実にかわる


まずは見の周りの与えることの先生から学んでいきます


いや~

俺ますます成長しちゃうな~

だってよく考えれば考えるほど

俺の環境って恵まれてるもんな

あざーっす!って感じで申し訳ないくらい

あとは俺が頑張るだけです!



感謝の反対は何か?
これを聞いたときハッとした

感謝の反対は「当たり前」ということを聞いた
確かにそうだ、と納得できる

この言葉は深い
一人暮らしをするまではご飯なんて出てくるのが当たり前だと思っていた
洗濯物なんて洗濯機に放りこめばたたまれているのが当たり前だと思っていた
親なんて子どものことを優先して当たり前
友達なんていて当たり前

こんな風に思っていた自分がいたな~と思う

当たり前のことを当たり前と考えず感謝できるようになったのはいつからだろう
あんま覚えていない
今は親にも友達にもすごい感謝しているけど
いつからこう思うようになったんだろう

仕事しててもそうだけど
ついつい「これくらい当たり前」と思ってしまう
もともと感謝の薄い人間なんだろうな~
でも感謝の反対は当たり前って話を聞いてからは
「当たり前」って思ったら「感謝!」って気持ちを持つようにして
なにか感謝できることはないか探すようにしている

これからも「当たり前」って気持ちがでてくるだろうけど
そのたびに感謝でかえせるようにしたい

感謝っていいな~
感謝はするのもされるのもいい

将来はやっぱたくさん感謝されるようなことをしていきたい

笑顔・感謝・情熱
なんかこの3ついいな
今ふと思いついた
これ経営理念にしたいな
いや、しよう

最後グダグダですが
当たり前を当たり前で済ませず感謝できる
そして感謝しながらもさらに求める
当たり前のレベルを上げながら感謝の深みをましていく
そんな人になっていこうと思っとります