「人間は幸福の二倍不幸である」
中学か高校のときにこの言葉を知った
何度も何度もこの言葉に救われた
一見すると、不幸が二倍なんて否定的な言葉だが、
私はこれを肯定的に捉えていた
なぜか?
例えば嫌なことがあったとき、
「不幸なことが起きた。よしこの不幸の半分の幸せが次にくるんだ!」
って思った
嫌なことが大きければ大きいほど、次にくる幸福が楽しみになった
逆にいいことがあったときは、その後2倍の不幸がくる
とは考えなかった
自分の言いように解釈した
いいことがあったら、
「調子に乗っちゃダメだ。このあと二倍の不幸がくる。しっかり構えておかないと」
と思った
そうしたら不幸が減るように感じた
納得できないことがあっても、この言葉によっていい意味で納得できた
「まあ不幸の方が二倍多いらしいしな♪」って
なぜ中高生だった自分がこの言葉にこんなに影響を受けたのかわからないが
今振り返ってみると興味深い
言葉は真実
それにたいして肯定的な解釈と否定的な解釈がある
ものごとに対して肯定的な解釈をする
子どもの頃から、この言葉よって、肯定的な解釈を実行していたなんて
なんて幸運なんだろう
今日は肉体的に辛い
今日は相当辛かったから、この後の幸福が楽しみだ♪