「人間は幸福の二倍不幸である」



中学か高校のときにこの言葉を知った


何度も何度もこの言葉に救われた



一見すると、不幸が二倍なんて否定的な言葉だが、


私はこれを肯定的に捉えていた


なぜか?


例えば嫌なことがあったとき、


「不幸なことが起きた。よしこの不幸の半分の幸せが次にくるんだ!」


って思った


嫌なことが大きければ大きいほど、次にくる幸福が楽しみになった



逆にいいことがあったときは、その後2倍の不幸がくる


とは考えなかった


自分の言いように解釈した


いいことがあったら、


「調子に乗っちゃダメだ。このあと二倍の不幸がくる。しっかり構えておかないと」


と思った


そうしたら不幸が減るように感じた


納得できないことがあっても、この言葉によっていい意味で納得できた



「まあ不幸の方が二倍多いらしいしな♪」って



なぜ中高生だった自分がこの言葉にこんなに影響を受けたのかわからないが


今振り返ってみると興味深い



言葉は真実


それにたいして肯定的な解釈と否定的な解釈がある


ものごとに対して肯定的な解釈をする


子どもの頃から、この言葉よって、肯定的な解釈を実行していたなんて


なんて幸運なんだろう



今日は肉体的に辛い


今日は相当辛かったから、この後の幸福が楽しみだ♪





本が好きだ

この2年間自分を支えてきてくれた

さまざまなことを教えてくれた

成長を促してくれた

自分を創ってくれた


そんな本に対して想う


人生って本みたいだな
 
一人ひとりの人生って一冊の本みたいだ

でもそれは生まれてから死ぬまでのことが書いてある自伝のようなものではない

1回目のメッセージでも書いけど、時間は幻想なんだ

だからその人の本にはどこにいつのことが書いてあるかわからない

でもその人の人生は一冊の本になっている

毎日毎日ページを開く

そこにはその人の人生が書かれている

まあ、その人の本なんだから当たり前だけど

よく「毎日が同じことの繰り返しだ」っていうセリフをきくけど

その人は同じページを毎日開いてんだな

逆に「新たなページをめくる」っていう表現は

まさにそのまま

今まで開かれなかった新しいページを開いたんだよ


妄想がふくらむね

すげー面白いページがあるかもしれないのに開かないまま死んじゃう人もいるんだろうな

なんかその人の本なのに起こらない出来事が書いてあるっていうのも変な設定だけど

なんとなくそう思う

そっちの方が面白いし

自分の本が、どこを見ても面白いことが書いてなかったら生きる気力なくすもんな


速読を学ぶと

この「人生が本みたいだ」っていう考えはさらに面白い

頭の中に目標を刷り込んで、いざ読書!
従来の読書ではなく、目標にあったところだけを読む
だから最初から読むことなんてしない場合もあるし、
適当にひらいたページがドンピシャ!なんてことも起こる

本を読む目的を明確にするっていうところが一番のポイント

目的がなかったら、ただ文字をよんでいうだけかページをめくる作業になりかねない


すごい

本って人生みたいだ


自分の本を開くときに

夢を描かなきゃそのページは開かれないだろうな


さて、明日はどんなページをめくろうかな♪

シンクロニシティー ・・・ 偶然の一致

世の中には不思議なことが起こる

今日、まさにそれを体験した

最初のメッセージにふさわしい出来事
なぜこんなことが起きたのか

思考が一気に広がった


アインシュタインは、時間とは幻想に過ぎないという

人生

生きていると出来事は時系列で起きていく

そこに錯覚があるのだ

書いている自分自身が実感できていないのも事実ではあるが、
これは幻想にすぎない


時間など存在しない

全ての事象は同時に起きている

つまり、今回の「一見偶然の一致に見える」出来事も

また、そうでない出来事も

全ては同時に起きていた


今までの人生で起こった全てのこと
そして
これからの人生で起こる全てのこと
これは同時に起きている

私はそれをただ時系列で受け取っているだけである


「自分自身に起こる出来事はまさにパーフェクトである」

この言葉を思い出した

出来事はすべて完璧なタイミングで訪れる

そのことに対して「良い」「悪い」の解釈は不要だ

全ては完璧

全て良いのだ

起こるべくして起こる

必要だから起こる

まさに「メッセージだ」


ここにパラドックスが存在する


出来事が時系列で起こり、それは完璧である

その完璧さはメッセージである、としたとき

私たちは完全な受け手でしかない


しかし、本来私たちはメッセンジャーであるはずなのだ

私達が発するメッセージにより出来事が運ばれてくる

同時に起こっている事象の中からふさわしいメッセージが出来事として

姿を変えおとずれる

このメッセージとは私たちが発信したメッセージに対する

アンサーなのだ

このアンサーに間違いはない

パーフェクトである

パーフェクトであるがゆえに、おきてしまった出来事は変えられない

望ましい場合もあればそうでない場合もある

しかし、それは、もとをたどれば

私たちが発したメッセージである

私たちにできることは、望ましいアンサーを導くメッセージを発信していくこと


今回のシンクロニシティーも

発信したメッセージに対するアンサーだった

必然のもとに

パーフェクトなタイミングで

起こるべくして起きた


そして、これから・・・

どんなアンサーが目の前にでてくるのだろう

全ての事象は起こっている

その事象の中にあるアンサーにむけて

メッセージを送り続ける

わたしの心の状態によるだろう

夢の力を充電して

楽しく、わくわくアンテナを高く張る

そんなメッセージが送られてしまう状態

毎日の6万の思考のあり方だ