ある本に
「究極のリーダーシップとは自分の夢に他人を参加させること」
と書いてあった
非常に深くて興味深い言葉である
この言葉は
リーダーとしての「あり方」を語る言葉だろう
自分自身が思い描く夢への強烈な想い
リーダーの信念が強ければ強いほど人はひきつけられる
しかし
想いが強いだけでは人は自分の夢に参加しない
この人についていきたい
この人とならより良い人生が送られる
この人なら本当に夢をかなえそうだ
この人の夢実現のサポートをしたい
まわりの人が自らこう思うような「人格」でなければならない
いくらリーダーが説得しても
どんな技術を使っても
どんなに熱く語っても
周りの人はリーダーの「日々のあり方」を見ている
日々のあり方自体がリーダーのメッセージなのだ
そこに説得も技術も熱意も関係ない
日々のあり方でそれが伝わっているのであれば
周りの人は自らリーダーの夢に参加したくなるだろう
深く重く厳しい言葉である
リーダーになりたいわけじゃないけど
自分の夢に友達が参加してくれるのは最高だろうな
単に友達という枠を超えて
さまざまな感情を共有し
いいときもわるいときも
運命共同体として人生を過ごす
想像しただけで最高
ムラをつくる
ムラにどんどん友達が参加して欲しい
どんどん仲間を増やしていきたい
とにかく熱くてとにかく本気でとにかく友達想いな
そんな奴等が集まってくれば
なんて思ってる
そんな風に人が集まってきてくれるような人格にならなければいけない
同時にただ集まってもらうだけではダメだ
俺と一緒にムラをやろうなんていう奴は
それまで歩んできた道を外れることになる
もしかしたら無一文になるかもしれない
つかめたであろう幸せが掴めなくなるかもしれない
親や子どもや親戚を悲しませることになるかもしれない
参加してくれ
一緒にやろう
なんていう簡単なものじゃない
確固たる覚悟が必要なのだ
お互いに
仲間として迎え入れるのであれば
一生をともにする覚悟を持つ
生涯の友達として付き合う
人ひとりの人生を預かる覚悟で迎える
友達のみならずその親や親戚にまで絶対に迷惑をかけない
幸せになってもらう
それが友になる覚悟だ
もう一つ
友になるということは
悲しみを受け入れる覚悟である
なんの悲しみか
死の悲しみである
俺らはいずれ死ぬ
遅かれ早かれいずれ死ぬ
友となり運命をともにし夢を実現する仲間の死
いずれは向き合うことになる
深く接すれば接するほどその悲しみははかりしれない
仲間が増えれば増えるほど
仲間と深くかかわればかかわるほど
多くの深い悲しみを経験することになる
それを受け入れる覚悟
友の死
経験したことはないが想像を絶する悲しみになるだろう
それを承知で夢に参加してもらうのか
そこまで受け入れる覚悟はあるのか
それが友になる覚悟である
その覚悟なしには
ムラの夢を見ることはできない
じゃあ自分は覚悟を持っているだろうか
「持っている」
しかし「持っている」なんて簡単には言えない
言っていいはずがない
まだまだ俺の「あり方」じゃあ足りない
まだまだ俺の「あり方」じゃあみんなを幸せにできない
覚悟とかその前に
まずは自分自身のあり方
自分自身のあり方とは日々の選択である
あり方とは一日一日の積み重ねである
一日が一生となってゆく
俺はまだ足りない
まだまだ足りない
一日一日
一瞬一瞬
全てが勝負