毎日、美味しい手料理を食べて
デパートのはしごをして
服や靴をいっぱい買ってもらって
今で言うスィーツもたらふく食べて
お弁当を持って海や川へ行って
夏は花火をして
冬は餅つきをして・・・
居心地が良すぎて
イキハヨイヨイカエリハコワイ
千葉へ戻る日が近づいてくると悲しくなったものです。
毎度毎度、空港では涙なみだのお別れでございました。
ある時、小学生だった息子たちの希望で新幹線で帰ることにしたことがあったのですが
その時、博多行きの特急電車の中から見た父と二人手を振っている姿が
元気な母を見た最後となったのでした。
それから長い長い闘病生活が始まったわけですが
朝昼夕と日に三度も母の元へ通っては、励ましながらごはんを食べさせていた父。
共倒れをしては子供たちに迷惑をかけるからと、自分の健康管理も怠らず
どんな時も冷静に大局を見据えての行動には
我親ながら本当に頭の下がる思いでした。
心より尊敬いたしております。
だから、
少々部屋が汚なかろうと
台所が油まみれだろうと
お風呂場がカビるんるんだろうと
そんなこと、かまへんかまへん。
私がやらせて頂きますとも。
久方ぶりの帰省が大掃除に明け暮れようとも、文句などあろうはずもありませんてば。
ほんとでっせ。
と言いつつも、本日は渾身の大掃除でどひゃーと疲れたので
もう寝ます。
追伸
千葉に戻る日を父には言っていなかったようで
おとうさんも、物忘れをするようなじーさまになったってことだねー
とは言えず、7日に戻りますと申しましたらば
そんなに早く帰ってしまうのか!
と、初めて引き留められチックな発言がありました。
そんな弱気な言葉の端々に、父の高齢化を実感いたします。
もっといると思ってた?
と、尋ねましたらば
正月までこちらにいると思ってたわい、はっはっはっ。
と笑っておりましたとさ。
ではでは、ごきげんよう。さようなら。

前回帰省した時に食べて感激したごぼう天うどん。
お店の名前も場所も不明でしたが、迷探偵オバンは記憶の断片を手繰り寄せ見事お店を探しだしたのでありました。めでたしめでたし。