何事においても確認は必須だから
昔なら当たり前に
愛する我が子の結婚相手ともなれば
根掘り葉掘り裏の裏
心の内側までも調べ上げられたに違い無く
その行動に善悪などを
持ち込むスペースは無かったはずだ
マイナンバーカードに
いろんなものを紐づけて
国が国民を管理する
その体制が整いつつある昨今
自由の名のもとに
国の管理下には入らないと
反発する人達もいる
しかし最近よく考える事
自由って何だろうか
家族や友人を作り
恋人と愛を育む人生とは
雁字搦めな状態の象徴ではないか
しかもその人間関係を続ける為にと
少しでも立派な職業に就き
経済的な成功と社会的地位を
常に誇示し続けなければならない
なにも気にすることもなく
なんの気無しに出来るような
有能人なら問題は無い
しかしマラソンレースのように
コースは起伏に富み
天候や気温も変わりながら
周りにいる数多の
ランナー達と駆け引きを行い
終いには
辿り着くゴールが死なのだから
その為に死力を尽くすのは
どこか滑稽にも思える
何の疑問も持たずに
そのレースを気持ち良く走り切り
素敵な家族に立派な葬式を
取り仕切って欲しいと願うのなら
何も問題は無い
しかし息も切れ切れ
何とか周りに喰らいついて
目指すゴールにしては
あまりにも不条理ではないか
そこに自由はあるだろうか
その自由を手にしたいだろうか
すべてを管理された社会とは
どんな環境だろうか
現実に街中に立ち並ぶ建物群や
自動車にはカメラが搭載され
一度何か事件や事故が起きれば
一目瞭然にその事実が判明し
罪を犯せば喉元に刃を突きつけられる
まだその精度はそう高くは無いが
これからの未来にASI などが社会実装され
自動運転パトカーが街中を
自動警備ロボットが建物内などを
360°広角レンズのカメラで
24H365日監視出来る様になると
もはや犯罪どころか嘘をつく事すら
リスクが高くなり
失われた30年間に
街中からヤンキーや
ヤクザが姿を消したように
やがては国民自ら
その管理下に入るのではないか
飼いならされた家畜の牛は
放牧の為の囲いから解き放たれると
自ら牛小屋のいつも自分が繋がれている
その場所へ我先にと言わぬばかりに
勢い勇んで戻って来る
自ら首輪に繋がれる為に
戻って来るのだ
そこには食べ物も飲み水も
ミネラル源たる塩すら用意され
清潔に整えられた寝藁まで
しっかりと敷き詰められているのだから
端から見ても当然のように思う
人と牛はたしかに違うが
生きている事は同じで衣食住を
必要としている
牛は外でも平気かもしれないし
体毛で覆われているのだから
食さえ満たされれば
何でも良いかもしれない
牛にとって
牧草地が天然か人口かなどは
おそらく関係なく
配合飼料や塩が無くても
自然という牧場を旅しながら
それがある場所を見つけさえすれば
ただそこで暮らせば良い
そこが雨風しのげる
小屋ならなお居心地が良いだけで
そこに必要なものが無くなれば
また旅に出るだけ
彼らの目の前に
食料を運んで来るのが
人だろうがロボットだろうが
それほど違いも無いし
それすらも自然の一部ではないか
彼らが首輪を受け容れるのは
縛られても危険が無いと知っていて
その現状を信じているからだろう
人はどうだろうか
赤ん坊はおむつを交換してもらう時
恥ずかしいのだろうか
丸裸にされて危険を感じるだろうか
その交換員が見知った誰かなら
無防備に受け容れて
終われば気持ち良く眠るに違いない
マイナンバーカードによって
国民が自由を奪われても
危険を感じなければ
自ら他国の核の傘の下で
やり過ごす事にも慣れているのだから
そう遠くない将来
国民は自ら自由を手放すかも知れない
縛られるのも安心出来て
案外と居心地が良いかもしれない
行き着く先が同じなら
気持ち良くジョギングでもするように
ゆっくりと人生を
味わうのも悪くはないだろう