大きく言うと人生
苦しむよりは楽しくしたい
そんな固定観念に騙されながら
多くの人々は生きている
しかし先人の叡智によって齎された
この平和な世の中で味わう苦しみとは
その殆どが人間関係ではないか
家族友人知人
そんなしがらみでしか
感じる事の出来ない苦しみは
もはや娯楽に近く
パワフルな起業家などは
昭和のモーレツ社会へ戻るべきだと言う
苦しみながら得られた達成感ほど
人生を豊かにしてくれるものはない
それ以外に価値のあるものは無い
そう思う事自体に
反対はしない
人それぞれの感性を否定しても
何も生み出さないし
そうしたければすれば良い
面白いと思うのは
楽しむ事がポジティブな事であるように
捉えられている点だろう
先人達の様々な体験により
育まれた今の世の中は
歴史上最も平和な時代のはずだから
間違い無く今を生きている事
それ自体が奇跡なのだ
元々争う必要などは無く
おそらくすべての物事を均等に
分かち合えば飢える者などを
作らずに済むはずなのに
大概は経済的な理由か宗教対立などで
互いを蔑み助け合う事で拒むから
不幸を生み育ててしまうだけ
おそらく動物なら欲求さえ
満たされてしまえば無駄な争いはしない
そこに充分な水場があれば
獰猛な獣達が居ない頃を見計らって
多くの草食獣達が
横並びで喉を潤すだけ
早いか遅いかの違いよりも
困る事のないように準備をする
たとえば何時に恐ろしい者達が来るのかを
把握するだけで危機は回避出来る
人類に於いては
行列などが良い例で
我先にと争いはしても
理性的に並ぶ者もいれば
割り込みをしたりして
節操のない者もいる
お先にどうぞ
もしくは使ってみた感想を聞いてから
購入するかどうかを
決断しようとする者もいる
そういった側になると
わざわざ行列に並ぶ手間も要らず
割り込まれる心配も無い
数量限定の商品でも無ければ
何も順位など気にすることも無いし
それがアプリケーションなら
一斉に解禁されて同時に手に入る
多くの人が
特別な存在になりたいと宣伝するが
案外と目立つ事を嫌う人も多く
成功者が目立つ訳でもなくて
目立ちたいからこそ
己の成功を宣伝に利用しているだけ
それがより多くの利益を齎し
目立つという欲求も満たされるのだから
まさに一石二鳥で頭が良い
成功すれば嬉しい
足りないものが満たされるとホッとする
その安心感を手にするために
また何かしらの挑戦を繰り返す
しかしこの平和な世の中では
元々が安心なのだから
放っておけば何もしないのは自明の理
引きこもりなどは
家族の庇護の元で暮らすのが
一番安心するのだから
学校という場所を経験すると
誰もが陥る可能性があるだろう
多くの子供達は
家族に虐げられる
それは何も虐待などでは無く
学校へ行けと半ば強引に求められ
仕方無く居心地の悪い
その場所へ行かざるを得ないのが
一般的なのではないだろうか
昭和のモーレツ世代などは
むしろ家族よりも学校の方が
自由があり居心地が良かった世代
家にいれば何かしら手伝わされるくらいなら
友達とくっちゃべっているほうが良い
かかぁ天下
亭主元気で留守が良いの時代
結婚が当たり前で
家族よりも出先のコミュニティのほうが
居心地良く思春期を過ごしたら
おそらく今の子供達も同じようになる
幸か不幸か
共働き世帯が増えて
生まれた時から託児所育ち世代は
一人っ子だろうが
同世代の集う託児所に慣れているから
案外と昭和世代と気が合うかもしれない
安心感さえあれば
楽しさはその必要さを無くし
退屈を作りその暇つぶしに
ちょっとしたリスクを取って遊ぶ
生きるか死ぬかの
衣食住もままならない時代ならいざ知らず
あらゆる人間関係での苦しみくらいなら
おそらく多くの人はその場から
未知なる桃源郷を目指しはしない
なにせ行った先が
どんな場所なのかが分からないのだから
ひとまずこのまま頑張ろうとするのも
分からなくはないが
それが思わぬ悲劇を生み
あはゆるメディア等で喧伝されても
自分の現実とTVのニュースを
結びつけられるだろうか
そのニュースを見てもしかしてと
思っても誰に相談するだろうか
親の虐待やクラスのいじめ
上司のハラスメントや
そもそも不向きな何かに努力をして
自らを苦しめているかもれない
それはおそらく
氷点下での生活に慣れた北国の人々が
雪に閉ざされる事の無い南国へと
移住する事を躊躇するようなものかもしれない
生まれ育った環境ヘの愛着と
未知なる場所への不安が入り混じる
そんな気持ちも分かる気がする
目的を持つ事は
悪い事では無いのに
執着すると途端に怖気づく
選択権を与えられると
自ら未知なる世界へ
行く決断を迫られてしまう
それは自身からかもしれないし
他者からかもしれないし
そのどちらともかもしれない
何かしら幼い頃から
選択ミスを繰り返してしまうから
不安に駆られるのは仕方無い
選択権があるという事は
未知なる方を選びさえしなければ
安心感の中に留まれる
その決断が自身にとって
大きければ大きくなるほどに
迷い怖れ先送りして
この緊張感や気持ち悪さから
逃げ出してしまいたくなる
この葛藤期間が
徐々に面倒になり
半ば投げやりに選択するかもしれない
前例を踏襲する人もいるだろう
それまで見て来た家族の生活を
自身も過ごすほうが
知らない世界へ行くよりも
安心出来ればそちらを選び取り
反対にあんな人生は
ゴメンだと思えばリスクを取るかもしれない
どちらも正解であり
この神経衰弱的な選択には
おそらく不正解などは存在しない
ただそこから先への未来があるだけ
未知なる方を選択すると
驚き慄き気になる方へと行くしかないが
安心を選んだとしても
予想通りの未来に出会えるとは限らない
もちろん出会える可能性もある
けれども未来は
確定していないから未来なのだから
祖父母や両親
幼い頃に憧れた誰かのように
必ずなれるとは限らないのだから
結局はどちらを選ぼうとも
安心の未来は手に出来ないし
出来ていると思っていたとしても
それは思い込みでしかない
選択する時点で
周りの人の意見や
誰かの失敗や成功に流されて
心が揺れ動く
それも仕方ない
しかしそもそも
何をどうしても未来は確定していない
その時点では安心出来ても
十年後にとんでも無い不幸が
訪れるかもしれないし
リスクを取ったつもりが
大化けしてしまうかもしれない
一つだけ確かなのは
目の前にある選択などは
取るに足らないという事だ
思い出そう
幼い頃選択ミスをして
悲しかったり悔しかったり
恥ずかしかったりした事を
あの時に見えなかった向こう側に
今は立っているのだ
何が起ころうとも何とかなるのは
自分自身の過去が証明しているのだから
怖れる事は何も無い
思い通りに行かないほうが多かったのだから
その後に起きる事の方が予想出来る
その安心感を頼りにリスクを取る
その選択の向こう側へと
足を踏み入れた時のワクワク感は
ちょっと怖くて
でもちょっと楽しくもある
そう思えるまでの
反覆練習が一番苦しいのだから
その先の苦しみなんて
逃げ出せば良いだけだから
気楽に生きれば良い