シャンパンタワーの
グラスが重ね続けられると
上に行くたびに数が減るように
偏差値によって
進学先の選択肢も狭まるのが現実
トーナメントも
勝ち上がると参加者が減り
頂点に立つ一人が決まる
それは資本主義も
権威主義も同じ事だけれど
民主主義は多数決だから
多数派が勝者となる
それって矛盾してない?
資本主義も
シェアを広げれば
頂点には立たなくても
ベスト4くらいが均衡を保ち
一度築かれたその牙城は
なかなか壊せない
価値が上がれば数が減り続け
やがて頂点へと立つはずなのに
民主主義だけは
チャンピオンが存在しない
論理が具現化された
産業革命以降の日本では
慣習を捨て
海外から学び
明治維新を成立させて
先進国の仲間入りを果たし
大東亜共栄圏などを掲げては
影響力を広げていったが
士農工商の残存感と
情報伝達の脆弱さが相まって
軍国主義という権威を
全面に出した方が得をする制度を採用し
敗戦と共にその権威を
他国へと明け渡し
民主主義の名の下に
再度の建国を果たした結果
資本主義と民主主義という
相反する価値観が共存する国家となり
今日に至りその矛盾が顕在化されて
国民の意識改革が求められている現状は
おそらく世界に先駆けて
人口減少著しい我が日本国が
この問題の最先進国だろう
ネットワーク革命から始まり
IT革命やらAI革命と目まぐるしく変わる現実
明治や大正の頃の理論を
具現化し続け辿り着いた現在
商品やサービスが
社会へ実装されるスビードに
人の感覚が置いてけぼりとなり
タイミングの悪い事に
団塊世代という人口ビラミッドの
最高到達点世代の寿命が
テクノロジーの発展によって
延び続けた結果
民主的な選挙をすると
退行してしまう我が国では
民主主義に懐疑的になる始末
現実とはいつも善悪ではなく
起きた現象によって流れ
権威をもって運河のように水路を作り
流れ易くするほうが効率が良く
そのスピードも早いが
権威とは連鎖し
その影響下へしか作用しない
一番上と下を直結する事が出来なかった
過去の教訓からおそらく民主主義が
重宝されたのだろうと推測すると
数珠繋ぎの情報網から捉えられる事柄から
下々への対応を為政者が施しても
行き渡る頃には
その間の中間権威に吸い取られ
結局何も起こらない
2025年を振り返ってみると
この仕組みが健在化した事が分かる
民主主義の権力とは数
極端な上位者と下位者には
それほど違いはない
中位者からすると見分けがつかない
ただの変わり者に過ぎない
中位の下の下の下
鬼太郎みたいと呼ばれる者などは
障害者という
分かりやすい弱者に憧れ
頑なに足を引きずって歩いたり
家に引き籠もっては
安全圏から離れられず
俗世間からの解脱生活を送る
それはおそらく上位者の
下の下の下でも同じなのではないか
もう少しで
手が届きそうなのに届かずに
隣に居た誰かが遠くに思え
後ろから来た誰かに
追い抜かれる度に感じる敗北感も
解脱生活のきっかけになるかもしれない
しかもこれまでの人生
ずっと頑張って来たのだから
その体感が負けを認める事を拒否しては
他人の失敗人生を嘲る事で
一時の安らぎを得る
その安らぎを
たとえばSNSサイトでの
誹謗中傷投稿を暴かれては
制裁を課されたりすると
行き場を無くした失望感が暴れ出し
時たまニュースで見かけるような被疑者と
なってしまうのかもしれない
他人と比べるから苦しくなるのは
おそらく多くの人が気づいてはいるけれど
心のそこから湧き上がる衝動に
身を任せたことの無い常識人には
テストの点数を言い合うと
無意識に上下のランキングが浮かび上がり
夜空の星々すら
見下ろしたいという欲求に
飲み込まれてしまい
サーカスの球の中を走り回る
オートバイの様に轟音を撒き散らしながら
縦横無尽に心の中を劣等感が走り回る
真冬の鉄球のように
冷たくて硬くなった心は
それまで積み重ねて来た常識という
鋼の鎧のように決して壊れない
しかし臨界点に達した思いが
硬い鉄球の穴から吹き出しては
高温度の怒りの言葉と化して
誹謗中傷を文書化し
SNSという海水によって冷やされ
正気を保っているのが
上位者の下の下の下の現状なのだろう
優秀な敗者達が
民主主義の多数派となった現在
正気を無くした上位者達の
心の中に潜む怪物達が結託しては
無記名投票を良い事に
脱ロジ勢力を形成しては
弱小政党を生み育て
一大勢力をとなり猛威を振るっている