ぬるま湯を嫌う者は

ぬるま湯には浸からない



成功者の多くは

海外ヘと飛び出して

行った先での苦労を語り

日本国内は

平和であると言う



たとえばサッカー選手などは

国内チームの選手は闘争心が足りない

そんな事では海外チームで

レギュラーは勝ち取れないと

周りにハッパをかける



そんな動画に触発された

そこらの中小企業人達がこぞって

委託先の職員やアルバイトなど

決して逆らわない相手にだけ

偉そうに語り掛け

自身の営業成績が芳しくなければ

嘘をついてでも利益率を上げる為に

無理難題を押し付ける



強かさやずる賢さというものは

そもそもルールの範囲内でやるには問題ないが

私利私欲を優先し罪は

下っ端に降りかかるように細工をし

言う事を聞かなければ

脅し文句をさり気なく呟く



下請け企業に無理を強いる

一流企業の業績が戻らないのは

責任は下へ流せば良いという

そんな風潮のせいでは無いか



日本国中に蔓延する

国内というぬるま湯に浸かる

惰民を蔑む風潮が幸福感を奪い

成功したければ努力を推奨し

ぬるま湯から這い出て

熱湯風呂でガンバルマンに

なならければならないと

吹聴した結果が

少子化の一因かもしれない 



自分の体験した事を

我が子には味あわせたくない

だったら産まなければ良い

そもそも後世に残せるような

遺伝子などではない事は

自らが体験しているのだから

懸命な判断かもしれない



スボーツにせよ

受験にせよ

篩に掛けて落とす割に

社会が手を差し伸べてくれるものだから

落ちても大丈夫という安心感が生まれ



テクノロジーの進歩によって

ネットワークが発展した結果として

成功者達の発信をダイレクトに

万民が受け取れる時代となり



その大変さや

その日常への憧れが

目の前に晒された結果

惰民の目指すべき目的地ではない事が

無意識の中に広まり



実はこのぬるま湯に浸かっている

この現実の方が体感や経験則がブーストになり

より幸福感を強めてしまい



成功者などにならなくとも

幸福は手に出来ているのだから

熱湯になどに入る苦痛などは要らない

そんな答えが流行り病のように

この国中を蹂躙している



そもそも成功者達ですら 

自身の子孫を残さないのだから

惰民は惰民らしく

今生を面白可笑しく全うするのが

身の丈というものだと思い込み

この娯楽過多な時代を満喫するだけで

満足している現状



世界一の富豪の目標が

火星に行く事であったり

多惑星世界の実現なのだから

そもそもそんな事に興味の無い者なら

必要以上のお金も要らないと拒否



スポーツ選手にしても

引退したレジェンド解説者や指導者達が

メディアでも大きく取り上げられて

現役選手達の価値を下げているように見える

しかし現役選手も

活躍の割には高額年俸は貰えるのだから

大して文句も無いのだろう



そんな成功者達の

裏側を見たつもりになると

それがホントでも嘘でも関係無く

惰民自身が興味を持つ誰か

注目している何かや拘りの方が

はるかに重要になり



まるでロデオマシーンに

必死に獅噛み付いて世間体に縛られる

誰かをバラエティ番組でも視聴するように 

篩い落とされた場所が

たとえばプラネタリウムような場所で

そこから色んな人の物語を

ゆったりと見上げる人生も悪くはないと

観客人生に徹しているのかもしれない



そんな幸福感を

受け容れられない成功者達が

嘲笑いながらもカモにして

自らの利益の為に

推し活などと称して

惰民から金銭を奪い合い

それを見上げながら

無能の向上心は消えて行く始末



嘲笑って蔑んだ惰民達を

見殺しにも出来ないからと

今更ながら国などが支援しても

惰民の目指すべき憧れは色褪せて

ぬるま湯の気持ち良さを知り

熱湯も冷や水も嫌うのだから

自ら泥沼へと身を落とす



そんな惰民を救済しては

この国が滅ぼされるかもしれないからと

焦って尊厳死や安楽死を

合法にしてしまうような事になると

こぞって自ら死を選ぶに違いない



解決策はあるのかと自問すると

案外と簡単にあると言う

おいおいホントかよと可笑しくなるが



たとえばサウナ

湯船に浸かり身体を温めて

そのままサウナへ入る人がいるが

ちょっと待ちなよお前さんと声を掛け

水風呂で身体を冷やしてから

サウナへ入ると気持ちが良いぜと

教えるだけで良い



要するに

人生のスイッチは温泉なのだよ

身体を洗い露天風呂に浸かり 

星を眺めながら外気浴

程よく冷えた身体をサウナへ放り込み

汗をかきながら自身と向き合い

その時が来たら水風呂へ飛び込む



交代浴こそが

人生のスイッチ

ONにしなければ動きはしない

温泉こそがON源



湯船の温度は関係ない 

気持ちの良い温度は人それぞれ

ぬるま湯を否定するより

自分の人生に沼れる環境があれば

勝手に栄えるのが人類ってもんよと

自答が頭の中を木霊する



季節が変われば気温も変わり

体温のように価値観が変われば

気持ちの良い温度も変わる

スイッチ温泉へ浸かりながら星を見上げ

心のスイッチをONにすれば

少しは惰民も未来へと希望を

抱けるようになるかもしれない