社会で暮らしていると
大概の事には納得が出来ない
話し合うのだから
お互いが譲らなければ
結論が出ず
国などという大きな括りなら
予算が決まらなければ
執行出来ないから
生活に何かしらの不便を強いられる
政治家とは一億を超える人々の
個別の意見を集約するシステムで
その存在価値は
超高層ビルの耐震システムと同じ
つまりはサスペンションだから
柔軟性が失われると途端にサスペンス
昭和時代くらいまでなら国会とは
本当に殺し合いのコロシアム
手練手管を駆使し合い
お互いの主張を通さなかった
だからこそ
ヤクザと呼ばれる存在が重宝され
総会屋とか始末屋とか何とか屋などと
職業のように扱われていた
主義主張というものは
その個人の体験に基づいて
無意識に存在し
理性が強く出るなら論理へ
感性が強いなら感情へと
流されやすいから
その温度のような違いを
混ぜ合わせると必ず温くなる
勝者とはそのぬるま湯を
温水プールのように泳ぎ回り
上手く息継ぎをしながら
流れや温度が変わるたびに
自分も変わる柔軟性を持つ者
民主主義と資本主義という
柱を二本立てて上手くバランスを
取り続けて来たのが日本の近代
戦後の混乱期なら
吊り橋効果で団結出来たけれど
それも今はもう昔ばなし
おそらくこれからの世界では
国の数だけ国境という境界線が
隣り合う各国との間に
一種の安全装置のような存在となり
どこかの国内政治や軍隊で暴走が起きても
他国の政府や軍隊が動いて
仲裁してくれる
それはすでに起きていて
クーデターが起きても
その対立軸を挟みながら
お互い国境は超えない
もしくは超えてしまえば
互いの政府が即停戦協議をしてお終い
おそらく日本に限らず
豊かな国々が増えるほど
企業のターゲットマーケットが拡がり
そこから齎される利益の波が
余りにも大き過ぎて
世界各国の国内市場などは飲み込まれて
大きな国内対立軸自体が
成り立たなくなると予想する
そう仮定すると
国内の政党などの持つ意義も失われ
百年後にはすべての政党が
赤十字化してしまうかもしれない
ASIが社会に実装されてしまえば
おそらく言葉の壁は崩れ落ち
宗教対立くらいしか考えられないが
それすら日本中から
上京するような感覚で
世界中に移住出来てしまえば
大きな対立にはならないのではないか
ASIがコントロールする
新世界では人類すらも
サバンナの自然保護区に生きる
野生動物たちのように
納得しながら生きれるのだろうか