最初の記憶にある家を

自らの意思に関係なく引っ越した反動なのか

おそらく初めての願い事は

あの家に帰りたいだったと思う



そんな感覚で

移住したものだから

おそらく馴染むのに時間が掛かり

幼さもあってその気持ちを

言葉にして吐き散らし



それを気にした大人達が

気を遣ってくれたからなのか

その後二年に一度のペースで

賃貸だったその家の中には

さすがに入れなかったけれど

近くの親戚の家で

数週間夏休みを過ごすした結果



実際に住んでいた

3歳から4歳までの二年間の思い出と

その後の思い出が重なってしまい

不思議な愛着が生まれてしまったが

実はあの家も帰りたいと願った家ではなく

記憶の始まる頃に住んでいた家だった



幼い頃は

曖昧な記憶と感覚が相まって 

自分がどこを目指して

帰りたいと思っているのかさえ

勘違いしながら願っていた



その勘違いに気づいた時には

もう四十代になっていた

自分の願いを叶える為に

愛着のある幼い頃過ごした場所を尋ねたら

心の中からココじゃないと言われて

ハッと気がついた



でもそれがどこかは分からない

母親に聞けば良いだけなのだけれど

何となく聞き辛くて

たまたま必要になった戸籍謄本から

出生地を知ったから

改めてその場所へ足を運ぶと

何となくしっくり来るのだから

不思議なもので



そうなるともはや

その場所が嘘かホントかは関係なく

そう思い込む事で満たされるなら

それで良いと思うようになった



過去の真実よりも

今の好感触の方が大切で

それが未来の糧になるのなら

ご都合主義で構いやしない



牛に囲まれて育ったせいか

反芻するのが習慣になり

食べ物を反芻するのは気持ちが悪いから

思考で代替しているのかもしれない



そんな内省人の特徴として

外界へ意識が向き辛いだけかもしれない

だから暇を持て余す度に反芻しては

嘘もホントも織り交ぜて

トロトロとのんびり考えては

時には衝動的に行動を起こして

精神的な真実へと

辿り着く感覚に酔いしれ遊ぶ



反芻思考とは

言わば心のバカンス

心地良い思い出に書き換える

ご都合主義のリゾートへと誘う手段

これほど時間を使えて

お金の掛からない娯楽も無い