神とは何か
おそらくそれは森羅万象
この世に存在するもの
その作用が齎すすべて
それら自体が神なる存在
感覚的に言えば
五感で捉えられるものすべて
認知出来ないものも
その作用によって
五感で捉えているだろう
量子力学を応用した
テクノロジー機器などは
まさに神の一端のように感じる
その理屈など知らずとも
万人が利用するという
作用を引き起こしている
神へ祈りは届くのか
その答えはおそらく人による
願った事が
現実に反映されていると
感じられれば神の恵みと称え
実感を得られなければ
神へ不信を抱くのが
人というものなのだから
願ってから叶うまでの期間が
短ければ叶った実感は得やすい
願いとはエゴ
我欲なのだから
他者へ委託する事は出来ず
享受した実感は自身で
受けなければならないのだから
その摂理自体は平等だろうか
何も難しくは無い
うんこがしたいから誰かへ
代わりにうんこをしてくれと頼んでも
スッキリしないのと同じ
人生の成功者へなりたいと願い
他者が叶えた褌を巻けるだろうか
同郷や同人種が
たとえば100メートル走で
8秒を切るタイムで走り
一兆円の資産を築き
偉人として多くの称賛を浴びる姿を見て
どこか誇らしく思えるのなら
その褌を巻けている証拠かもしれない
スタジアムの観客席から
グランドのプレイヤーへ向ける思い
またはステージ上のアーティストへと
向けて手を振りながら
快楽に溺れられる人などは
また違った巻き方かもしれないが
何となく気持ちは良くなさそう
森羅万象が神ならば
エゴを捨てる事で同化し
あらゆる願いも
消え去るのだろうか
怪我や病気を長く患い
苦しみが続くと諦めという救いが訪れる
同じように長く挑戦を続けても
決して叶わない願いもあり
それは誰もが偉人として
名を残せていない歴史が証明している
不意の事故により
死んだ事にも気づかずに消える
ハエ叩きで潰れる彼らは
平たくなってさえ感覚的には
虚空を飛び回っているかもしれないが
人類も同じように飛び回れるなら
幽霊すら神の一部なのかもしれない
輪廻転生が繰り返されても
すべての存在が神の一部であるなら
決して目にする事が出来ない
魂ですら一部であるはずで
心や身体という器にアタッチするだけ
日常の風景に溶け込む
いつもの出来事やすれ違う人々を
尊く思うのは難しいけれど
空に浮かぶ月や星々
その存在を知らせてくれる
光の移動距離を思うと
少しは尊く思えて来るのだから
信仰などは気の持ちようで
善悪や正否や好き嫌い
救いの無い現実の悲劇など
神が存在するのなら
願えば回避出来そうだけれど
願う事を怠ったのだろうか
生まれたばかりの赤児は
願う事が出来ないのだから
回避の使用もなく
その親が我が子の健やかな成長を
願う事を怠った罰として
死んで行くのだろうか
もしそうだとすると
不条理な事この上ないが
それもまた現実で
そもそも願わなければ
救わない神などに価値はあるのか
敬虔な信者達も
無頓着な無頼漢も
等しく旅立つのも平等なのか
考えれば考えるほど
神の存在に疑問を抱かざるを得ない
しかし時には神の御心と思える
そんな偶然に助けられ
感謝を向ける何かを探してしまう
そしてもう一度と願う
純白の心に色気が宿り
その醜さに自己嫌悪を抑えられずに
出家などという概念が芽生え
大吾を目指す人が
現れるのかもしれない
人類一人ひとりを切り分けても
おそらくそれぞれの思いがあって
目指す方向もバラバラで
統一した神なる存在はいない
けれども本当に人類の目指す方向は
バラバラなのだろうか
本人にとっての幸福へと
歩むのが人というものではないか
水が上流から下流へ進むように
人の本能も幸福へと向かっているはず
思考が本能という流れをせき止め
不幸へと自ら流してしまう
感覚はその不幸を受け流せずに
方向転換を余儀なくされる
その不自然感が痛みというものか
すべての存在は時に
過ちを冒しては道なき未知へと誘い
新たな領域を発見する
もしも神なるものが
全知全能であらるならば
現実に起きる現象とは
科学の実験であり
ピンポールの跳ね返りであり
偶然に手にした結果が
全知全能への道のりなのかもしれない
河の流れが出来るように
すべての大地に流れは出来ない
しかしその大地の隅々までを
知り尽くさなければ
全知全能たる神は生まれない
そう考えると
この現実に存在するすべてが
巻き起こす現象の果てに
神が誕生するのではないか
つまり神はまだ
生まれる前の受精卵
もしかするとこの奇跡の地球とは
その器なのかもしれず
やがては胎児のように成長し
全知全能へ辿り着いた証として
神となるのかもしれない
そう考えると
神とはまだ誕生しておらず
だからこそ願いとは
自ら叶えなければならず
すべての願いの道筋が出揃い
互いが互いに作用し合いながら
神を作り上げている途上だとすると
すべての存在が神の一部になる
そう考えられなくもない
神とは私
神とはあなた
あちらもこちらもそちらの方も
目に見えるすべて
感じるものすべてが神であり
奇跡の地球がその源なら
そこで起きる現象すべてを
神と呼ぶに相応しい
自らが神の一部であれば
願いも救いも必要としないのだろうか