何かと息苦しい時代
なんて言われ方をするのは
なんでだろうか
一人で時を過ごせる側からすると
教室やオフィスという共有スペースが
息苦しくて仕方が無いけれど
その場所に行きさえすれば
誰かと語り合えると喜べる側にすると
酸素ボンベなどはいらない様子
話したくても
話題が無いから話せない
そんな人にとって職場などは
打ち合わせと称した
喋り場に困りはしないし
教室ならお喋り好きの一人や二人
どこのクラスにもいるだろう
お喋り好き同士のやり取りは
とにかく声がデカい
楽しくなると声もジェスチャーも
大きくなるのは世界共通
多数の会話が不協和音に感じるから
まったく理解出来ない授業でも
ワイワイガヤガヤしているよりはマシだから
案外と授業中の静かな教室は好きだった
そもそも人は
太古の時代なら孤独に生きられなかった
そんな時代にコミュ障害を患うと
おそらく生きてはいられなかったに違いない
そう考えはしても実感が持てないから
あの頃の息苦しさは決して消えなかった
何かしらを酸素ボンベとして
この息苦しい世の中を揺蕩うだけ
ただでさえ苦しいのだから
自然に楽になる方へと流れて行く
自室に籠もるのも
案外と努力はいるけれど
諸行無常の理は無意識でも
自身の心身を変えてしまい
しかも見えない所の
環境も移り変わってしまう
目を閉じて
耳を塞ぎ
口を閉ざしては
環境の変化に気づけずに
チャンスを見逃してしまうどころか
ピンチを大きくするだけ
何かしらの才能を
誰かに発見してもらい
TEAMを組んだりすると
コミュ障害持ちでも
社会的成功を掴めるかもしれないけれど
そんなスーパーヒューマンは
一握りに違いなく
大抵はピンチに慣れて
ただ楽な方へと流れるだけ
血気盛んな頃なら
自分自身に怒りを覚えたり
情けなさに打ち拉がれて
立ち上がれない朝もあるだろう
大体希望の光を
グラサンで遮りだした辺りから
少しづつ自身の変化に気づく
いやッ眩しければ
サングラスするでしょ
何の不思議も無くそう思えれば
介抱へ向かっている証
何でも良いのよ
ストレスを軽減する方法を知り
ただそれを実行する
運動すると辛いならしない
勉強すると辛いならしない
誰かと一緒だと辛い
一人だと辛い
寒いの嫌い暑いの嫌い
雨が嫌い紫外線が嫌いなら傘をさすように
自然と嫌いを遠ざけられるようになっている
弱いなら余計にその流れに流される
なんだかんだ言って
学校や職場や地元では
助けられている
支援と称して近づいてくる
誰かと触れ合うのが嫌いなら
一人で生きられる方法を
そんな場所を見つけるしかない
ただ日常を過ごすだけで
息苦しいのだから無理は良くない
けれども引き籠もっていては
何か得られるものが有ったとしても
環境の変化を感じられない
もしかしたら
チョモランマの頂上みたいな
空気の薄い場所で
過ごしているかもしれない
だからいつも息が苦しいのだとしたら
下山すれば良いという発想も浮かぶ
下山した先でも
息苦し事は多々あるだろうけれど
このままそこに居ると
これまでと同じ息苦しさが続く
それは確定しているのだから
まるでワインでも
テイスティングするように
一味違う息苦しさを
味わいに出かけてみるのも
一興かもしれない
もしかしたら
偶然でも酸素ボンベを外せる場所へと
辿り着けるかもしれないし
そもそもその酸素ボンベが重過ぎて
息がすぐに上がってしまうだけかもしれない
重たい酸素ボンベを下ろしたら
知らず知らずの内に亀仙流の免許皆伝
それどころか最初からバブルスくんよりも
素早く走り回れて界王拳すら
使いこなせるかもしれない