平日も休日も

まったく同じ時間に起きても

その後のルーティンの進捗具合は

まったく違うペースとなり

酷い時なら散歩に出掛けようとかと

思い立った事を中止にしてしまう



たしかにやらなくても

何も問題の無い事を突然中止しても

当然困りやしないのだから

そんな気分の時には何も感じない



けれども

出勤の日だというだけで

ルーティンを進めるペースは

毎回同じになり

さらにいつもよりも

早く出なければならない日なら

それに合わせてペースを早める事も

なんの気無しやってのけてしまう



この違いは何だろう

仕事に限らず出勤前の筋トレ日でも

その現象が起きるのだから

無意識のちょっとした違いが

決断の分水嶺なのかもしれない



休日の朝

ベットの中で目覚めてから

スマホを見たり目を閉じたりを

繰り返しながらうつらうつらする

あの幸福感が堪らなく好きで



何かをしなければならないという

縛りの無いその日のスタートは

自分がその時と思うまでベットから

出る理由が無いからウダウダと

時間を無駄にしてしまうのだけれど



あの時間が

あの幸福感に包まれた時間が

無駄だというのなら

それはそれで構いやしない

たとえ失うモノがあったとしても

きっちり幸福感で交換出来る



取るに足らない幸福感

そんなモノには一銭の価値も無い

けれどもその焦燥感すら娯楽に思え

大抵はトイレか空腹に耐えきれず

仕方無しに這い出る訳だけれど

カーテンを開けたら

眩し過ぎる陽射しを浴びると

自然にスウィッチオン



寝不足でスマホのタイマーで

無理矢理に起こされた朝ですら

陽射しを浴びるとオンになり

真冬の早朝ならLEDでも可なのだから

目覚めとは不思議なもので



結局は起きる目的があると

無意識に強制スウィッチが発動して

ファンファーレが鳴り響くのだから

意識とは心強い味方なのだろう