おそらく一人暮らしを始めて
両親の目を気にする事から解放され
それまで抑え込んでいた
好奇心に突き動かされた結果
喫煙生活が始まったのが
十九歳になる頃で
喫煙の齎す快感によって
それまでの田舎での実家暮らしから
都会での一人暮らしへと激変した
環境から与えられた影響を素通りして
ピュア感覚が麻痺してしまったのが
あの噛み合わない感覚の幕開けだった
煙草の齎してくれた
快感とはそれほどまでに強烈で
まだ自分というモノを知らなかった
あの頃の感覚を持て余しながら
両親やそれまでの田舎での
人間関係から解放された喜びと
慣れない環境へと戸惑いによる
アドレナリンが余計に
素の自分から遠ざけてしまい
その場その場の
状況に流されるだけの日々を呼び寄せて
受け容れられないものまで受け容れて
限界まで我慢を重ねては
自由に吸えた煙草に助けられながら
自分を捨て続けている事すら
気持ちが良かったあの頃
解放感と高揚感が
喫煙というそれまでは
周りの同級生から
幾度となく勧められて
爆発しそうだった好奇心が
頑なに拒んでいた心の壁をブチ破り
一人暮らし初日に手を染めたのが
遠回りの始まりだった気がする
おそらくあの時の自分は
風見鶏のように風が流れる方へと
無意識が向いてしまう程に
無気力な存在だった
今振り返るとあの頃は
前人未到の頂に立ち尽くして
ただただ風に吹かれている
どこかの国の旗のようだった
実際には
何も達成などしていなかったのに
けれども引っ越しや
初めての一人暮らしで
両親や地元の人間関係いう箍が外れて
宇宙ステーションの中のように
気持ちが重力から解放されて
浮つくどころか
操縦席に誰も座る事なく
彷徨うように宙に浮いたまま
ただ惰性でぐるぐると
堂々巡りを楽しんでいた
心の軽さを実感してから
初めてそれまでの暮らしの重たさを知り
もう二度と御免だと思った
本当ならその時に
もっと自分自身と向き合えたはず
けれども喫煙の齎す効果にかき消され
色んな初めての気持ちと相まって
それまでの緊張から解き放たれた安心感が
脱力感に変わり無気力を生んだ
若い事もあって
経験の無いほどの疲れを癒す休息を
急速に取り過ぎて
心と身体のバランスが崩れてしまい
自分が重く感じたのかもしれない
心は無重力に軽いのに
身体は重苦しいものだから
邪魔に思えていたのかもしれない
ホントは心身ともに重くて
その重石を徐々に削りながら
軽くしていく回復途上だったのに
煙草のおかげで感覚を間違えたのか
心の中の思いを捨て続けた
どこまでも飛べる感覚
自分を知っている人が誰もいない事が
とにかく嬉しかった
離れたはずの同級生からの連絡が
面倒くさくて仕方なく
親しくしてくれた人には
知らない振りを通して遠ざけた
みんながバイト先へ来て
確実に自分だと知られているのに
それを聞いた彼女が来た時
どういう気持ちだったのか
白を切り通して追い返してしまった
知り合いに知らない振りをされ
困惑する相手が早く帰れと念じながら
一方で何をしているんだと
心の遠くから小さな声が聞こえたけれど
口から出て来るとぼけた言葉を
自分の意思では止められなかった
とにかく
自分を知る人から逃げたかった
知らない人の中で
初めてのバイト先で
上手く回り始めていた
新しい自分像を壊されるようで
怖かったのかもしれない
息苦しかった
それまでの環境から
自然に踏み出せる環境へ変わり
その変化に気持ちが追いつかずに
戸惑いながら否定したくなると
煙草の齎す愉悦に縋りつき
気持ちを逸らし続けた結果として
いつの間にか本音が分からなくなった
分からないなら
それで良いと思った
喫煙をしていた16年間を
禁煙に成功してから振り返っても
どこか現実感が乏しくて
パラレルワールドから戻った感覚
その頃に書いた日記を読むと
他人の日記を盗み読みしている感覚に陥って
どこか後ろめたい気持ちになるくらい
あの頃の自分のコクピットは無人で
ただ流れれるようにただ生きていただけ
それが功を奏したのか
家畜扱いを受けてもどこ吹く風で
そんな相手を好きにはならないけれど
他人事だから恨みもしない
二十代のあの暮らしは
あの時の感覚でなければ耐えられなかった
自分の操縦を他人任せにして
死ねと言われれば死んでいたかもしれない
時折キレたのは
心の安全装置がオートマチックに
生命維持を目的に作動し
環境を変えるきっかけになった
糸の切れた凧が
このタコ野郎と誰かにキレて
風に運ばれてどこかへと
運ばれて行くような
たんぽぽの綿毛がたまたま落ちた場所で
ふと禁煙を思い立ち
ニコチンから肺を解放して
時を経るごとに快方に向かった
その先で
ようやく自我に再会し今に至る
そこからの道のりにも
色んな感覚の変化はあったけれど
とにかくあの時初めて
自分のコックピットに辿り着き
操縦桿を握って
最近ちょっと
操縦が上手くなって来た感じがして
心がきゅんきゅんしている
今の私はパイロット気分
心の起伏も宙返って
アクロバティックに乗り熟す