戦後日本を象徴する
非核三原則を見直す動きがある
侵略戦争を反省した結果
米国の庇護の元に築かれた
平和国家の現状は無惨なもので
戦争を知らずに
育った世代には反省などは無く
ただそういうものだと
義務教育を受けたおかげで
戦争反対は当たり前
そんな世代が支持した
総理大臣の過去の発言が
SNS上で話題となり
戦争に参加もしていないのに
反省などはしないというのは
今を生きる日本人の本音であり
そうした感覚が史上初の女性総理を
誕生させたのかもしれない
もちろん個人の思想は構わない
けれどもそうした思想を総理大臣として
今も持ち続けているのかは
おそらく次の国会で誰かが質問するだろう
戦争の責任とは
もちろん国家が負わなければならない
昭和天皇の名の下に集った
日本軍が他国を脅かしたその罪を
天皇は背負う事もなく世を去り
時の総理は絞首刑となって
すべての罪を背負ったのだろうか
敵対国からすると
おそらくその罪は国家にあり
戦後どれほど時が過ぎようとも
痛みは消えないのではないか
戦後三十年が過ぎた頃に
この世に生まれ落ちた者からすると
戦争の傷跡すら見る事も無く
それどころかバブル景気に湧いた
浮ついた雰囲気の中で
戦時中の先人達の思いにすら触れず
ただ飽食の中で育ったものだから
むしろあの幼い日々にこそ
何かしらの罪がありそうだと思ってしまう
国家が違えば
当然に教わる内容が変わり
おそらく自国に不利な教えは
後の世代に引き継ぐ事を
躊躇ったとしても不思議は無い
後ろめたい気持ちがあると
何かしら自己弁護的な言葉に
置き換えたくなるのが人だろうから
おそらく戦争というものの
姿形は国家によって輪郭が変わり
その中身などはまるで別物
各国の優秀な人材は
世界を股に掛けて学び
戦争という一つのものを
多面的に捉えて自国へ教え広める事が
世界の共通認識を
構築する礎になると考える
けれど世界を知らない者からすると
他国の主張が理不尽に感じるのも分かる
大切な誰かを奪われた思いは
他の誰とも共有は出来ない
同じ苦しみを味わった者同士ですら
感じ方も捉え方も違い
その痛みとの向き合い方も違う
その相手が敵方なら
世代を超えて恨みが連なる事もあるかもしれない
たとえば敵国の指導者が
先の戦争の責任など負わないと
国際的に発するとどうなるだろうか
反発が起きるのは必至
それは間違いない
しかし同時に
戦争どころか暴力にすら触れずに
成人したホワイト世代などは
おそらく戦争責任と言われても
感覚的に理解出来ないかもしれず
そんな世代が支持した
現総理などが世論の後押しを受けて
国連総会で持論を述べると
世界中から非難が相次ぐに違いない
我が国としての
戦争責任については
歴代の総理達が
反省を述べているが
国連での演説で
元総理が責任放棄を述べるのは
おそらく国益を害すのだから
その前に国会で問うのが懸命だろう