作品制作者を目指すなら
おそらく名作に触れるのはご法度
優れた作品が
それこそ夜空に輝く
星の数ほど溢れる時代に
アプリを介すと
すぐに手が届いてしまい
名作を生み出した匠たちと
同等かそれ以上の才能の持ち主なら
間違い無く目にしてしまうに違いなく
その影響を受けるのも必至
それが音楽でも絵画でも
ダンスでも建物でも食べ物でも
興味があってその道の才能があるなら
気に入ってしまうのだから
無意識に影響を受けてしまう
特に芸術家気質なら
仕上がった作品を見て
誰かのあの作品に似ているからと
納得が出来ずに
自ら捨て去ってしまうかも知れない
自らのSENSEで
埋め尽くされたものが完成品なのだから
いくら尊敬する巨匠のエッセンスが
その作品に感じてしまうと
オリジナル作品とは思えずに
贋作感に苛まれて
才能をドブに捨ててしまう
なんて事になると勿体無いから
同じ作品に辿り着くにしても
過去の巨匠の作品達に
インスパイアされた感覚に陥らぬ為にも
これからの何かしらの作成者達は
その道のチャンピオン作品から逃げて
自尊心を守る必要が
どこかの時点で出て来るかも知れない
クラシック音楽に代表されるように
今やもうどんなに優れた新作を作ったとしても
過去の偉人達と肩を並べる作曲者には
なれはしない事と同じように
それはそのジャンルを
一本の木に例えると分かりやすい
あらゆる可能性という枝葉を
多くの参加者達によって広げられ
季節が変わり葉が落ちても
新芽が顔を出しても
もう新たな幹が育たない状態
その木を見る観客すら
この木はこんな木だと確信されてしまい
その枠から出てしまうと
クラシックでは無くなり
その中ではあの作曲家のあの曲に
影響されていると感じられて
贋作扱いされてしまう
それなら一層の事
何も学ばずに感性に任せて
創り上げた後に
違う時代に同じ想いを描いた
誰かがいたのだと知る方が
楽しいのではないか