資本主義競争の

脱落者たる私がなぜ半世紀近く

生き延びられているのか

それはひとえに社会の恩恵を

享受し続けられている結果



競争のみの世なら

いつ野垂れ死んでもおかしくない



誰の助けも得られないと

思いながら暮らしていた若かりし頃すら

親の存在が無意識の命綱として機能し

最悪何かあれば助けを求めようとは

常日頃から思ってはいた



今年の春先に

珍しく母親からTELがあり

姪である神奈川の従兄弟から

十万円を無心され断ったものだから

こちらにも連絡が

来ていないかと問われ



来ていないけれど

何故にそんな金が必要なのか

訪ねたのかと聞くと

家賃が払えないと言われらしく

親の介護で仕事も辞めて

何とか助けて

欲しいとの事だったらしい



その話しを聞く限り

家賃は毎月請求されるのだから

叔母の介護がある以上は

当面無職が続くのは目に見えている  

数十万円で救える状況では無いと

父親が判断して断ったとの事



他人事として考えると

間違いなく貸さない方が良いと

同意してしまったけれど

その従兄弟への仕打ちを聞きながら

自分の若かりし頃の命綱は

案外と脆いものだった事を知り

肝を冷やしてしまった



それ以来

従兄弟とは音信不通となり

介護を必要とする叔母と従兄弟の

その後の状況は分からず仕舞い

そのまま数カ月が過ぎた



無心された時の電話口で

母親は役所へ行って民生委員へ

相談しなさいというような

アドバイスは送ったと言っていたから

おそらくそうしたのでは無いかと

都合良く思い込もうとしていた



その後何度か

母親が叔母の自宅に電話をすると

呼び出しはしていたけれど繋がらず

つい2ヶ月ほど前に

現在使われていないという

アナウンスに変わり

引っ越しをしたらしいという事で

とうとう所在が分からなくなり



従兄弟からの連絡も

何故かいつも自宅電話からで

連絡も取れずに

親子揃って半ば諦め

無事に生活保護を受けていると

勝手な想像をして忘れていた



それから1ヶ月ほど経ち

最近母親の元へ従兄弟から

短い手紙が届き

住所を見たら島根県だったらしく 

親子二人で心機一転 

新しい生活環境で

今は落ち着いていると書いてあり



母親はよほど嬉しかったのか

電話口で私に叔母達が

今どこで暮らしているのかを

まるでクイズ番組の司会者のように

意気揚々と出題したものだから

こちらも回答者気取りで

どこぞの公営住宅ッ!と答えると

ブッブー!と不正解



正解はなんと島根県!と言われ

いや分かるかよッって

半ば諦めていた事態が

急展開のハッピーエンドに切り替わると

普段はそんな会話もしない親子も

馬鹿みたいなやり取りをする事を知り

安堵感が相まうと人は

なぜか仲良くなれる事を知った



お金を貸すという

行為を断りはしても

気持ちは収まらず

心配はしてもどうする事も出来ない

母親は何度か連絡を試みて

状況の変化に気づいてはいたけれど

繋がらなければ 

状況は分からないから

スッキリしない



私はそんな事は

すっかりと忘れていたのだから

案外と見捨てる側だった事に気づき

だからいつも不安に纏わりつかれて

疲れるのかもしれないと思い至り



社会とはこんな人で無しにも

温かく手を差し伸べてくれるのだから

叔母や従兄弟に対しても

誰かが助けてくれるだろうと

安易に考えていたのかもしれない