大人がペットを愛でるのは

なぜなのだろうか

子供が昆虫を飼うのとは

少し違う気もするけれど



前者は癒やしを求め

後者は好奇心の赴くまま 



どちらが 

どうという訳ではなく

ただふと思い立ったから

少しだけ考えてみよう



動物などと触れ合って

心が癒やされるのは間違いない

その温もりに何度も

助けられていたのだから

疑いの余地は無い



自分以外の温もりに触れると

心が安らぐのは何も動物だけでは無く

温泉でもストールでも同じ



子供の頃

よく蟻の行列を見つけては

その巣穴に水を流し込んだり

花火の火花を突っ込んでは

大量虐殺に明け暮れた



カブトムシやクワガタも

無駄に争わせて殺し合わせ

今でも家の中で

虫を見つけると躊躇無く殺す



虫には無慈悲な人間が

動物に対してはなぜか攻撃しない

たとえ相手が熊や虎などの猛獣でも

幼い頃から飼い慣らせば

懐くことを知っているから

個人差はあるにせよ恐れることはないし

恐れる者も理解は出来るはず



動物にも人と同じ

感情のようなものを感じ取り

楽しければ倍になり悲しければ

半分は肩代りしてくれる



犬などはとても分かりやすく

こちらに気持ちを伝えてくれる

楽しければ全力で楽しみ

疲れると全く動かなくなる



鼾をかいて眠る

無防備な姿を見ていると

こちらまで眠くなる



人が家族に救われ

友人や仲間の存在に

同じ救いを求めるのは

おそらく必然で



子供は意識する事もなく

日々成長してはその姿形を変えていく



周りの家族は

1年生2年生と昇級するように

変わる姿を目印に  

その子供への態度を変える



子供はいつまでも

変わらぬ態度を求めても

中学に上がってすら

小学1年生と同じ態度で

接する事を大概の人はしない



生まれてから

高校や大学を卒業するまで

同じ環境で暮らしても

家族や友人達の

自分に対する言動は変わり

自分の周りに対する言動も変わる



そういうものだと 

いつの頃からか納得もするけれど

幼い頃の感覚もまた消える事は無い

むしろそれをもう一度と 

望んでしまう事もしばしばあり



人によっては

親友にと決めた

その相手に求めるのは

幼い頃に家族達から

与えられた感触を

思い出すからではないか



同じように

幼い子に向けた言動を

思い出すからこそ

いつまでも変わらぬ幼子のように 

扱えるペット達に

多くの人達は癒やされる



本当は親も子も

同じように接したいけれど

どちらかがもしくは

親子共々常識を重んじるのか

目にしたその姿に合わせるのか

成長という変化に応じて

相手への態度や言動を変える

変えてしまうから

行き場を無くした思いが

ペットへと向くのかもしれない