親や兄弟とはいえども
気持ちの通じ合わない事もあれば
そもそも顔すら知らずに
互いが暮らしている場合もある
2歳の時に
当時の両親が離婚をして
母親へ引き取られ
それ以来父親とは会わず仕舞い
法律上の手続きを通して
その父親の死を知らされても
何の感情も湧き上がらなかった
たしかに同時に
顔も知らない父親の
承継人だからとその人の
住民税を請求されたものだから
そんな物を払う気持ちにもなれず
請求された事への反発で
死んだ事など
どうでも良くなった
人で無し
少し落ち着くと
そんな言葉が
心の内側へ油汚れのように
こびりついてしまい
美しくは無い
けれどもどんな姿なのかも知らない
その人の死を惜しめなかったし
母親へ伝える事もしなかった
もう四十年以上も
再婚して過ぎ去っているのに
わざわざ知らせる事もない
何かの為に
戸籍謄本が必要になり
その内容を見ながら
不意に母親が父親の事を
語りだした日の事は
今でもはっきりと覚えている
テレビを観ていたから
突然語りだしたその話しが
邪魔くさくて聞き流していたら
母親は泣き顔にすらならず
ただ涙を流しながら話していた
いやいや
そんなに悲しい事なら
言わなくて良いよと
こちらはテレビが観たいからと
心の中で思いながら
抗いきれずに相槌を打ちながら
いつになったらこの話は
終わるのだろうと思っていた
やっぱり人で無し
それでもその記憶は残っているのだから
その時の自分にとっても
母親の涙ながらのその話に
なにかを感じてはいたのだろう
そして思いついた
その人の住所を尋ねるという旅
直接会いたいと思った事すら無いのに
住民税を支払ういう
実際の行動が気持ちの向かう
方向を変えたのか
会わなくても良いから気楽に
その人の暮らしていた環境を
見てみたくなったのだ
親族と呼ばれる誰かが
遺品整理をしてくれている事は
その住所の管理事務所へ
問い合わせた時に聞いていたから
ますます無責任な野次馬根性
丸出しで訪ねてみようと決めた
生まれた場所と
亡くなった場所が
戸籍を辿ると一目瞭然
夫婦は別れると
全くの他人になるらしく
亡くなってから一年が過ぎても
母親からは何も言われないのだから
本当に縁が切れてしまうらしいが
親子とは
たとえ顔を知らない同士でも
戸籍というしがらみで
死後の余白に落書きのように
その縁を書き込まれ
その言葉に引き寄せられる
生まれた場所を歩いてみると
母親の生まれた場所と似ていた
亡くなるまで
暮らしていた街を歩くと
驚くほど自分好みの街並みに
そのセンスは間違い無く
受け継いでいる事を実感しては
親近感を抱いてしまった
家族として一緒に暮らした
親兄弟とは分かり合えなかったけれど
その実感をしてから改めて考えると
やはりDNAの繋がりは
意気投合するには
大きな力になるらしいという事
顔も知らないその人の
選んだ団地から見える大きな川や
近くにある大きな公園や
駅までの道のりにある商店街
そのすべてがしっくり来て
血縁とはこういう感覚もあるのかと
新鮮な気持ちが胸の内側で広がり
物心つく前の別れが
案外と後の人生にとっては
大きな分岐点だった事を
改めて思い知らされた
顔も知らない
血縁の父親の生まれた場所と
同じような環境で母親も生まれ
その両方と同じような
田舎の里山で育った自分
この現実は偶然なのか
あえてそうなるように仕向けられたのか
年老いた母親に
便利な街中へ移住を勧めると
不便でもこの田舎暮らしが
良いと言うのだから
一念発起の再婚をして
今の生活環境で子育てをしようと
決めたあの時にすら
すでに母親の無意識の中では
幼い頃に過ごした田舎暮らしを
求めていたのかもしれない
その環境が
今の両親の絆を結び育て
今ではすっかり二人三脚の
夫婦生活が確立しているのだから
よほど都会での生活が
母親には居心地が
悪かったに違いない
自分の本心みたいなものを
正しく実感するのを難しくするのは
他者からの影響だろうか
母親の場合は
付き合う人が変わると
別人ように言う事が変わり
老いるに連れて
見た目も変わり続け
子供の頃の
感覚のままに暮らしている
自分としては
たまに会う度に
全くの別人のように感じて
年を追うごとに親子である感覚が
遠ざかって行ってしまい
このままフェードアウトするのかもと
思っていたけれど
顔も知らない父親が
死んだと知った瞬間に
その暮らしに興味が湧いたのだから
同じようになるのだろうか
コミュ障を患うきっかけは
おそらく家族関係の失敗だから
対面しなくて良くなるその気楽さが
心を軽くしてくれるけれど
母親が亡くなると育ての父親とは
どんな関係になるのだろう