これといって

目的の無い日々を送る事に

何も感じなくなったのは

いつの頃だろうか



夢や希望に向かって

努力をした事もあるけれど

これと言って成功を

実感した事も無いのに

なぜ明日が来てしまう事を

拒まないのだろうか



先週と同じように

今週も繰り返すだろうと思っている

けれど来年の今頃も

同じように繰り返せるのかは

確信が持てないでいる



それなのにも関わらず

これといって何かをする訳でも無いのだから

無意識の領域では来年も再来年も

同じように繰り返すだろうと

おそらく思っているには違いない



根拠は無いけれど

これまで何とかなったから

これからも大丈夫だと

都合良く思い込んでいる



魂が揺さぶられるほどの

悦びなどが無くとも

人は生きられるのか

ただ忘れているだけで

感動的な成功を体験しているから

目的を達成し尽くした結果

のんべんだらりと暮らせているのか



年収二百数十万円の

無能に成功体験などあるはずも無い

けれども今日も生きている



焦りが無いのは 

あれほど対立好きなインフルエンサーや

テレビのコメンテーター達すら

生活保護を否定はしないから



無能でやる気も無い

落語者など見捨ててしまえば良い

死ぬのは本人の勝手とは

今のところSNSですら

誰も呟いてすらしないのだから 

これ程安心安全な社会で

ハードワークなど気狂い地味ている



最低限の義務を果たせば

誰かが助けてくれると先生も言っていた

無能で人の役に立てないのなら

せめて他人がやりたがらない事をしなさいとも

先生は言っていたっけ

便所掃除で食い扶持が稼げるのだから

もはやこの世は天国へと

昇華したのではないかとすら思う



安心と安全と安定が

当たり前になった現在の課題は

すべてが個人的なこだわり

ダイエットをする為に

仕事を辞めるなんて

酔狂すら許されるのだから

他に何を願えば良いのだろう



夏の夜空を彩る

打ち上げ花火のように

派手な喜びだけが幸せじゃない

しっぽり線香花火を

一人見つめる幸せもあるのかは

人それぞれだろうけれど

おそらくどんな幸せも

俯瞰してしまう不幸になる



自分の特性として

無能なのだから

不安はいつも抱えてる

だから運気の良い時ほど

何も起こらないものだから

ハラハラドキドキ



注意深く

日々の出来事を観察していると

運気が良くても問題は必ず起こり

自分で部屋の掃除をするように

解決している事を実感する



運気が下がれば

より問題への意識が高まり

ツイてないと実感して

いつもの事だと安心する



不幸な出来事が

起きない事を喜ばず

その内大きくなって現れると

いつもどこかで被害妄想



そんな事を

延々と繰り返して来た

過去の経験から

およそ何が起きても

大丈夫だと高を括れているから

受け容れられているのだろう