少子高齢化の

最先進国である我が日本



人類にとっては

それほど重要な問題ではないが

一つの国の人口減少問題も

成熟国の末路としての

研究テーマとしては

価値があるかもしれない



平和国家として

何不自由の無い暮らしをすると

人類は子供を産まなくなるという現象は

何も我が国に限った事でもないから

まだ人口減少に至っていない他国こそが

このテーマの研究に

資金を投入するかもしれない



日本国民は

こども家庭庁を批判するだけでなく

世界中の叡智を呼び込み

対策立案を助けてもらう方が

懸命ではないだろうか



子供が産めないのでは無い

産みたくないという人が多いだけ

途上国のように無知であったり

倫理を無視するだけで

出生数は激増させられるはず



個人の選択の自由を尊重するから

出産から遠ざかる人が増えるのは必然



娯楽が増え

公共サービスが充実し

個人のキャリアを優先するのだから

セックスはしても出産まではと

躊躇してしまうのは

どちらかというと有能人



欲を抑えて

理性的な選択をするのなら

子供が居なくても

経済的なゆとりが無くても

老後は公共サービスに頼り

ゆとりがあれば有るほど

サービス内容が充実するのだから

あえて子を産み育てるという

その手間を省きたいと考えても

何も不思議でも無い



団塊親子世代の

統一された価値観が

多数派を占める現状では

外国人すら受けつけず

今の所は人口増の見込みは無い



人類自体は増え続け

世界全体の経済市場も広がり続け

その富を我が物とする為に

多くの民が競争へ参加しては

自国の未来を消して行く



性欲が失われた訳ではなく

避妊具の進化が齎した快楽のみの行為が

一つの国を蝕んでいる



一般的な倫理観の中で

一人の人間が3人の子供を産む為には

どのような社会が必要なのだろうか



たとえば年収のように

子供や家族を築くことを他人に

ひけらかしたくなるような

存在にするとどうなるだろう



現状でも家族や友人を

自慢して来る人もいるのだから

そういった存在がいない事を

蔑む社会にすると

出生数は増えるだろうか



友人のいない事を

ことさらにあげつらうように

子供や家族を築かない事を

非国民として扱えば

仕方なく誰もが子供を

産み育てるだろうか



しかし彼氏彼女の

関係にはこだわるのに

その相手が描く未来には

自分が存在していないというのも

寂しさを感じてしまう



人々の描く未来に

子や孫の姿は無いのが現状

たしかに赤ん坊に

触れ合う機会すら無いのだから

無い物ねだりすら起きない



隣の青い芝生で遊ぶ

子供たちの姿を見てすら

騒音だと思ってしまい

羨む事すらしない



そんな成熟した国の

有能者が目指すキャリアのその先には

どんな未来があるのだろうか