可能性がゼロではない限り

未知なる先に道が敷かれても

何も不思議な事も無い



未来とはたとえば円の中心から

360本の道が敷かれているとすると

中心近くで進む道を1℃変えるだけで

円が大きくなればなるほどに

辿り着く場所も比例して大きく変わる



その円を人生にたとえると

角度を変える事は選択をする事になり

進む道とは好き嫌い

成長と共に選択基準が増え続け

どこの学校を受験するかのような

大きな決断ばかりか



今日は何をして遊ぼうかなどの

子供の頃のどうでも良いような選択すらも

進む道選びに影響を与えているとすると

自分の過去を振り返っても

もう取り返しが効かないからと

諦めもつくけれど

それが我が子ならあれやこれやと

口うるさく言いたくもなってしまいそう



実際に多くの親とは

無意識に自分の正しいと思う選択を

子供達に迫っているかもしれない



敷かれたレールを行くのなら 

列車に乗ってしまえば早いだろう

その場合は行き先は間違え無いけれど

いった先で後悔するかもしれない

それでもレールがあるから 

元の場所へと戻る事も出来そうだ



それは飛行機でも同じ

空港から空港へと飛び回っても

空路があるなら

レールと同じように元通り



もちろん一本道を

ひたすらに歩き続けても構わない

時には袋小路に迷い込んで

戻る事になっても大した距離じゃない

ただし辿り着ける場所も

そう遠くまでは行けないだろうけれど

円を拡げる事を

幸せに感じるとは限らないから

太く短く生きてみるのも自由



猿人から続く

人類の歴史は700万年くらい

その期間を円にすると

どれくらいの大きさになるだろう

おそらく受精卵のような

円の中心は時を経る毎に大きくなり

一歩を踏み出す頃には

多くの駅や空港が築かれて



自転車や自動車などで

自由に横移動も出来るのが現実

人は誰しも0.1ミリほどから始まり

いつの間にか子宮から飛び出し

今や地球から飛び出す者もチラホラ



一度飛び出してしまうと

横移動も早くなるらしくて

1時間半もあれば

地球一周してしまうらしい



物心がつく頃の円周と

思春期の円周は比べ物には

ならないかもしれない

家の中が世界のすべてだった頃から

保育園に通うだけで広がる世界



小中高大社と

身の置所は変わり続けるけれど

円周が広がる度に

他の道へ行く事が億劫になり

行くも地獄戻るも地獄に陥ってしまい

自ら天国を求める者も現れる



天国へ飛び込んだ人は

今はまだこちらに戻れないらしく

あちらがどうなっているのかは

このテクノロジー社会でも謎のまま



しかし物理の世界では

時間すら形があるらしいから

粘土細工のように円を他の形にしてしまえば

天国へすらいつかは

レールを敷けるかもしれない

それが如来の言う輪廻の輪っか