特定の状況や状態になると

人が変わったように覚醒する

そんなヒーローに憧れた



けれどもいつの頃からか

自分はそういう感じじゃないと

気づいてからは

出来るだけ楽になるようにとしか

考えないようになった



そもそも子供の頃は

家庭内で緊張していたのだから

無意識にストレスを捨てたいと願い

どうすればこの重圧から解放されるのかを

考えていたのかもしれない



あの幼少期を耐えられたのは

その現実しか知らなかったからだろう



一人暮らしを

始めてからすぐのGWに

実家へ帰省して

自宅へ戻る列車の中で感じた

あの無重力のような浮遊感



それまで自分が

これ程重いストレスを抱えながら

あの場所で暮らしていたのだと

実感するきっかけだった



それからの暮らしのほうが

幼少期のそれよりも遥かに辛く

惨めったらしかったけれど

一度も実家へ戻りたいとは思わず

むしろあの頃よりは

まだマシだと感じていた



職場では

どんなに怒られようとも

暴力を振るわれる恐怖は無く

それだけでどれだけ

心が軽くなった事だろう



殴られたりするくらいなら

それほどの痛みでは無い 

ただ幼いあの日に受けた

父の暴力の残像は今でも残り続け

誰かの脅し文句に

それを結びつけてしまい

あの日と同じように足が竦んでしまう



振り返ると

子供の頃から脅されるのが

何よりも嫌いだったのは

おそらくその感覚のせいだろう



保育園や小学校ですら

たとえば先生に言いつけてやるなどと

脅されたりする訳だから

人嫌いはその頃からだ



元々が感覚派で

全身から受ける情報を重視しているから

人に限らず自分以外への関心が薄く

それこそ暴力を振るわれた痛みがなければ

目の前に居ても居ないように振る舞っては

色んな人を怒らせていたのかもしれない



そう考えると

家族達の唐突な怒鳴り声や

暴力といったものも

自分が引き寄せていたのかもしれない



ただその時は

まだほんの子供で

そんな事に気が回らず

驚くばかりで

恐れ慄く事しか出来なかった



夜の暗闇さえ無ければ

一人で過ごす事には抵抗は無く

誰かと過ごすという経験も浅いせいか

そんな欲求を自覚した事は無い



幼い頃はとにかく

退屈が苦痛で

いつでも観たい時に

好きなドラマやアニメが

観られる未来を願った



それでもその時は

粘土で好きな漫画のキャラクターを作って

主人公では無いお気に入りの脇役を主役とした

オリジナルストーリーを

粘土で具現化したキャラクターを使い

想像を膨らませて遊んでいた



目に見える物を

すべて好き嫌いに分けて

好きなら味方

嫌いなら敵として

パーティーを組んだり

戦ったりして一人で遊んでいた



物心が付き始める

その過程のほとんどを一人で過ごし

それが苦痛でも無かったものだから

それが当たり前になった



元々の内向性と

物心が付く頃の体験が

ものの見事に

相乗効果を発揮した結果

孤独な心の独裁者となった



心はいつも

自分で満たされているから

誰かに頼る必要が無く 

夜の暗闇の中で

一人で眠れるようになってからは

本当に誰も必要としなくなった



学生とは常に

団体行動が義務付けられているから

気持ちはいつも落ち着かなかったけれど

それしか知らないから

そういうものだと思っていた



ただ休み時間に

人気の無い場所で一人になる癖は

小学校の頃からずっと変わらず

思春期という多感な年頃の同級生達が

恋や部活や未来について

愉しげに語らい合うその横で

一人小学生気分のまま過ごしていたからか

周りの話題について行けず

人間関係を築くのは諦めた



他者とは攻撃を

してくるのかしないのかさえ

判断をすれば良くて

暴力的な相手には注意をして

当たらず触らずやり過ごし



環境が変わってから振り返ると

あの感覚も重荷だった事に気づき

一人暮らしを始めてから

最初にそれまでの

人間関係をすべて切り捨てた



実家から出る日を

誰にも伝えずに引っ越して

実家経由で同級生から

電話が掛かって来た時には

心底がっかりした

なぜこの番号を教えたのかと

親に腹を立てるくらいに



こうして文字にして

具現化してみると

自分でも変な奴だとは思う

けれど同時に

感覚も理解出来るから

説明の必要は無い



孤独な心の独裁者として

長い年月を過ごしてしまうと

普通の感覚が分からない事が

会話では違和感になり

分からないから

一つ一つ相手の発言を確認しなければ

次の話しに行けなくて

上手く会話が成立しないものだから

大概は聞き流すようになり

また相手を怒らせる始末



無意識に頭の中に

浮かび上がる言葉を無視して

相手の言葉に集中するのは

とても疲れる作業で

それなら大勢の会話の中を

つまみ食いのように

参加するほうが気楽で良い



右隣の人と誰かの会話に飽きたら

左隣の誰かとの会話に参加するみたいに

短く会話を区切りたい

そうしなければ好きな人との会話すら

飽きてしまってうわの空になり

不愉快な思いをさせてしまいかねない



こちらから訪ねた相手との会話にすら

一時間もすると嫌気が差してしまうのだから

我ながら面白いとは思うけれど

これもう治しようが無いし

そんな必要性も感じていない



飲み屋などでは

気不味い思いをしながら

お金を支払うという苦行になり

それでも暫くすると

また行きたくなるのだから

おそらく誰かを求める

その気持ちはあるらしく



今の時代

一人ぼっちでも特別に困る事は無い

友人の居ない孤独人ほうが

社交的な人より早く死ぬらしいけれど

それを理由に友人を作りたいとも思えず

誰かと一緒に住むとなると

ちょっとくらい早く

死んでも良いとすら思う始末



おそらく自分の中にも

寂しいという感覚はあるはずだけれど

そもそもいつも何かしらの不安を

抱えているせいなのか

どれが孤独の寂しさなのかが分からない



1年後の未来や微分積分

他人の思いや気持ちだったりと

分からない事に境界は無い

明日の自分の気分すら分からないのだから

分からない状態が普通だから

大概の事は放って置くのが習慣となり

あまり深く考えたりもしない



それで特別困らない

だったらそれで良いだろう



満席のカフェで

ノイキャンイヤホンで

好きな音楽を聞きながら

周りの人達を観察するくらいが

おそらくちょうど良い距離感



テレビや動画で

誰かと誰が話をするのを

ずっと観ているのと

周りの人々を見るのに

それほどの違いは無くて



たまに直接出演者へ

会える場所へと足を運んで相手に認識され

話しかける方がよっぽど違和感を覚える

ある意味あの瞬間は異世界転生気分



とうとう孤独をこじらせて

アニメの世界観を実体験化する技を

編み出してしまったようで

今も一人で遊んでいる

おそらくこの感覚は

他の人には分かるまい