ガラスの扉の拭き掃除は
毎日の日課なのだから
特別な事など何も無いはずなのに
子供にその無垢なる感性を
こちらに向け続けられるだけで
その作業を止められなくなる
その地下通路の端にはガラス扉があり
それが隣の駅舎への出入口となっている
なんの事は無い
ただ手垢のついた取っ手や枠を
消毒液で拭き取るだけ
大半は透明なガラスなのだから
当然に向こう側が見通せる
こちらに向かって来る人と
あちらへ向かって遠ざかって行く人
行き先も様々な人々が行き交う
その通りを眺めながら
ガラス扉を拭いていると
極稀に面白い人を見かけたりもする
10分程の作業時間中
改札口前でずっと別れを惜しむカップル
円陣を組んでは盛り上がる一団など
人間とは別れ際に
ひと花咲かせる生き物らしく
ガラス越しに見ていると
まるで映画のように感じて面白い
その日の主役は
ベビーカーに乗る幼い子供だった
4人家族で旅行しているらしく
姉と両親がすぐそばに立っていた
小学生になるかならないかの
お姉さんがベビーカーの子供を
暇つぶしにつついている
どうやら両親は道に迷ってしまったようで
スマホで何かをずっと調べている
ちょうど最後に掃除をする
その扉の前にベビーカーを
こちらへ向けて止めているものだから
その幼い子供からすると
まるで手を振っているように見えたのか
不思議そうにこちらを見て
やがて手を振り始めたものだから
本来はほんの数十秒で
拭き終わるそのガラス扉の掃除を
あの子供が手を振るのに飽きるまで
拭いてみたらどうなるものかと
上から下へ何編も繰り返しに拭いていたら
お姉さんの方もこちらへ気づき
手を振り始めたものだからあら大変
下の子供は飽きて
もうおネムになっているのに
今度はお姉さんに向けて
手を振るように
扉を繰り返し拭いていたら
天然のスクワット状態に陥り
お姉さんが飽きて手を振るのを
止めたかと思ったら
今度は下の子供が思い出したように
また手を振り出したから止められず
これはなんの苦行なのかと
自問しながら両親は
何をそんなに迷っているのかと
段々と腹が立ち始めた頃
両親が手を振る子供達に気づき
どういう感情なのか
測りかねる表情をこちらへ向けて
二人の子供達を連れて
すぐにとこかへ行ってしまった
いつもガラス越しに
他人の物語を勝手に盗み見ている
バチが当たったのかと思い
これからは心を入れ替えようと
思ったけれど止められず
自分は案外と
見ている分には人好きで
相手に認識されると
勝手に相手のペースに乗り
疲れ果ててしまうから
苦手意識を持っているのだろうかと思い
幼い子供にすらその主導権を
握られてしまうのだから
人には近づかないほうが懸命だと
改めて思い知ったけれど
いつも暇つぶしに
道行く誰かを見ているのだから
人好きなのは間違いない
ただ幼い子供にすら
手玉に取られるくらいに
他人のペースに合わせてしまい
こうして疲れ果てるまで
付き合った挙げ句に
嫌な顔をされてしまうのだから
人間関係を築くという
才能が全く無いのだろう
それでもあえて
人間が苦手なのでは無く
人間関係を継続させるのが
苦手なのだという事を
通りすがりの幼い子供達に
気づかされるくらいだから
どうやら私には
教わり上手な一面があるらしい