地球がなぜ公転するのか

それは重力という運命の人と

特別な絆で引き合うような

そんなメリーゴーランドでは無く

ただガターの溝を

真っ直ぐに転がっているだけで

誰とも引き合う事も無く

ただ転がり続けているだけらしい



周りに何が見えても

見えていなくても関係ない

ただその溝から

はみ出す事も出来ないから

惰性で進み続けるだけ



親のように

大きく重い存在が

ベットの真ん中に座り

撓んだマットレスを転がり落ちるように

ただ抱きしめられたくて

抗う事なく堕ちて行きたいのに

撓みの時差によって

生み出されたエネルギーと

ガターの溝がそれを阻む



そう捉えてみると

親がベットへ飛び込む事と

ガターの溝が宿命のように感じられ

どれだけ自身を変化させようとも

もしくは環境を変えようとも

その溝の続く先へしか自分の未来は

繋がっていないと感じてしまう



たとえばそのガターを

鉄道レールに置き換えると

公転軌道のように

ただ円を描きながら

太陽の周りを回り続けるだけでなく



右へ曲がり

左へと曲がりながら

数多の山を超え谷を渡り

上に昇れば銀河の果までも

辿り着けそうではないか



しかし

ガターの溝だろうと

鉄道のレールだろうと

ただの一本道では

自身が気づく以前の

未知なる未来であったとしても



いつどこで何と出会うのかが

その溝に乗せられた時点と

撓み切るまでの時差によって生まれ

自分の成長や

その過程の進むスピードの変化によって

変わるのではなく



撓むスピードの

時差で生まれるエネルギーの惰性によって

進むスピードも距離までもが

すべて初めから決まっていると仮定すると

それを運命と名付ける事も出来そうで



やはり運命とは甘酸っぱい

レモンソーダのようなものでは無く

幸福であろうと不幸であろうと

それに気づく事すら無関係な

ただの物理現象



どれほど目に見える未来が

その場所が荒天であろうとも

止まる事も出来ず避ける事も出来ないまま

飛び込み傷つきながら進むしかない



たとえ太陽が

突然に消え去り

撓みが解消されたとしても

円が直線に変わるだけ



ただ親から解放され

真っ直ぐへと軌道が変われば

それまでの景色とは

違う場所へは行けるのだから

それは確かに運命の別れ



別の撓みと

時差が生み出すエネルギーの均衡に

出会えなければ

大きな存在に迎合されてしまう

それもまた運命なのか



出来る事なら

それまでよりも自体が好転する

未来に出逢いたいが

その答えはすでに決まっている

それを知る術が無いだけだ



しかし幼い小さな物体から

親の体よりも大きくなっているのだから

物理的な作用なら時空の撓みが変わり

その軌道も変わるはず

関係性が逆転すると

幼い頃のあの願いは叶うのだろうか 

叶ったとして

それを喜べないのもまた運命