重たい物を持ち上げる時に
一人では動かない物も二人なら
持ち上がったりする
おそらくそういった知恵を
成長の過程で思い知るからこそ
人は誰かを求めるのだろう
国際社会
国内社会
地域社会
家族学校職場
人はコミュニティの中で暮らし
その恩恵を受けずには生きられない
一匹狼を気取っても
集団には勝てないのだから仕方無しに
味方となる誰かを探すのが当たり前
一人で居るのは弱いか変な奴だと
相場が決まっていた
狼とはいえ
一匹では生きて行けなかった時代
それでも虎や熊なら
群れずに生き抜いていたのだから
決して不可能でも無かったはず
力が強いだけじゃない
むしろ野ウサギなどは逃げ足を武器にして
あらゆる外敵から身を守る
逃げるが勝ちと言うのは
そこに価値を見出したウサギの戦略で
まさに逃げる事に価値を与えた
人類は確かに強い
賢いから協力したり利用したりと
手練手管を駆使したからこそ
動物界の頂点へと登り詰められた
しかし篩い落とされる個体は
どんなものにも存在しているのだから
人類とはいえども例外では無く
社会で上手く生きられない者の多くは
コミュニケーション能力が欠如し
一人で抱え込んでは死んで行く
昔の幼児は
死亡率が高かったらしいけれど
それが良い例かもしれない
言葉も話せない乳児であれば
周りの大人も原因が分からないまま
施す前に死んでしまい
言葉を話すようになっても
正確に伝える能力が無ければ
自然死だけで無く捨てられたり
時には勘違いなどで
殺されてしまったりしたかもしれない
優秀な個体ならおそらく
そんな現象から学び
コミュニケーション能力を
ひたすらに磨き続けたに違いない
人間社会と自然界では
オリンピック競技のように
生存競争の種類が異なり
襲い襲われるなどは勿論あるけれど
悪い噂を流されて村八分にされるなど
恣意的な戦略に苦しめられたりと
他人の感情を読まなければ
ある日突然それまであった権利を奪われ
コミュニティから放り出されてしまう
お前は何を証拠に
友好的だと言い寄るのかと問われ
靴でもケツでも舐めますから始まり
子供を預け金を配り物品を贈り合う事で
ひとまずの証とする文化が作られ
資産だ学歴だ特殊能力だと
万人が理解出来る尺度で測り
金の鎖で囲い込む
社会で成功するには
秀でた能力だけでは足りない
その能力の理解者や
それを活かす為の協力者は必須
しかもそんな存在達と協調出来る
コミュニケーション能力が無ければ
虎でも熊でも囲まれて殺される
一つでは足りない能力を
そもそも一つも持たなければ
持つ者に頼らざるを得ない
それは幼い子供達が証明している
彼らは皆保護者の庇護がなければ
生まれた瞬間に死んで行くだけ
仲間に背中を預け
集団の便利さに気づき
やがて根城を築き
村から都市へと発展させ
獣から身を守る術を得ると
他人の目に晒されて
コミュニケーションを求められ
いやちょっとと
云うだけで疑われてはハブられて
お終いの社会が築かれた
しかしそれも自然の流れ
ハンチング帽が流行れば我先にと被り
ニット帽に変われば買い替える
すべての人類に辿り着いた存在が
ハンティングをしていたとは限らないが
獣との駆け引きが当たり前な狩人にとっては
常に相手が居れば駆け引きをする
それこそが生き残る術なのだから仕方ない
相手がニッと笑っている間に殺してる
狩猟よりも採集を好む
人達はおそらく考えたに違いない
奴らをどうにかしなければ
背中を預けたら殺されてしまう
ならばどうする
高い木の枝に実った果実を
確実に手に入れる為に
論理的に思考し手順を組み
その枝に手を掛け次の枝をもう片方の手で掴み
足を掛けてを繰り返して木を登る
実践して成功したら記憶して
その木毎のマニュアルが出来上がる
この過程は
孤立しても出来るのだから
そんな能力に長けた者なら
コミュニケーションを
必要としなかったかもしれない
ただひたすら
目の前の現実と向き合うだけ
そんな成功体験が遺伝子に刻まれ
後にコミュニティに属するようになっても
自身と向き合いながら
問題を解決出来る個体が生まれても
特別に不思議な事でも無い
突出し過ぎた能力とは
およそ凡人には理解出来ない
目で見てさえも
その効果や使い方が浮かばなければ
たとえ本人ですら素通りして
そのまま死んでしまうに違いない
しかし後の世に暮らしている
現世代人には遺伝子に組み込まれ
その能力に気づいた者から利用して
生き残って来たはずなのだから
マイノリティな能力ならまだ万人には
知られていないかもしれない
親が子を見るように
推し活をする熱狂的な誰かが
たとえば芸能人の売り出し方を思いつき
ポロッと関係者に話してみると
それ面白いとなり
歌手と言えば歌が上手いという
常識を覆して下手な歌声を売り出すと
バカ売れしたみたいな
誰にでも分かりやすい成功例が出来上がると
途端に同じやり方が流行る
そんな事の繰り返しが
おそらく人類の歴史では毎度起こり
ピンボールがピンに跳ね返り
進行方向を変えるように
突出した特殊能力者が発見され続け
あらゆるジャンルの成功者達が
今も称えられ続けている
だからこそ一期一会が尊ばれ
理解者に出会う事が運命とされ
コミュ症ではチャンスに
出会う機会が無いのだから
持たない者からすると
コミュニケーション能力という
超能力が一般化され量産された
人類全体から考えると
知らない者同士の出会いが増える程に
ピンボールの跳ね返りが増えて
自身の能力に気づき
気づかせて貰える機会が増え
その度にテクノロジーが発展し
各国の優秀者が
世界を飛び回りより優秀な者同士が出会い
宇宙船などが具現化されて
地球という惑星が
青い事を知ったのが20世紀
21世紀となった現在
SNSなどネットワークが発展し
物理的な移動をせずに
自身の感覚や何かしらの能力を
動画や文章などで表現するだけで
感性がニュートリノのように飛び回り
知らないところで何かとぶつかり
何かを生み出しているかも知れない
自身の能力には気づけなくても
知らぬ間に誰かの能力を発掘する
手助けをしているかもしれない
それは海外アーティストの歌声を
歌詞の意味も分からずに聴いて
喜怒哀楽様々な
気持ちになるのと同じ
今やスマホアプリを通して
様々なサービスを誰もが受け取り
万人が世界の最高水準を体感する時代
ピンボールもピンが増え過ぎて
跳ね返るスピードが増して
ニュートリノの様に見えない速さで飛び回り
まるで宇宙誕生時のビックバンの様な
閃きが世界中で同時多発するかもしれない
人類の進化のスピードも上がり
顔を合わせてお喋りする暇もないくらい
目にも止まらぬ素早さで前進すると
コミュケーションの時代が終わり
アプリケーションの時代へ突入する
直接コミュニケーションを取らずとも
アプリケーションを介してサービスを受け取れる
コミュ症には有り難い時代が到来
一人森の中で木の実を拾うように生きられる
姿も知らない誰かともたれ合う
そんな世界でなら穏やかに暮らせる
まさにその姿が人に思えて面白い