あらゆる人の意見が
私を不幸へと誘った幼少期から青年期
あれから数十年が経ち
自分自身と向き合い探し当て
手にしたこの優しい生活環境で
改めて自分が
人生に求めるものを考える
多くの人達が
自分の為を思いながら
叱咤激励をしてくれた過去
その悪気の無い一般論が
まったく自分の感覚に無い事を
認めるまでが大変だった
周りの人達を見ても
テレビや映画を観ても
そうだと言っているから
そうなのだろうと思う
けれども他者に対する
考え方からして一般的では無かったから
たとえば初対面で喧嘩腰な人に
いつの間にやら好かれて
急に物腰を柔らかくされても
こちらはもう嫌いになっている
大概の男性はそんな感じ
祖父も父も先生や先輩
進学する度に変わるクラスメイトは
およそ一週間もしない内に
全員嫌うかまったく興味を失うか
どちらかで
異性の方が
初対面での物腰は柔らかいから
苦手意識は感じなかった
だからといって
女性が好きかと言うとそうでも無く
なにせ彼女達には
一人に伝えると
すぐに皆に知らせるという
特性があるから
秘密にしておきたい事は話せない
初対面の時はいつの頃からか
当たり障りの無い態度を取るようになった
テレビや映画でそうしていたし
実際そうする事で嫌われない様にもなったから
間違ってはいないと思っていた
ただ他人に好かれる事が
必ずしも良い出来事を齎すとは限らず
好かれて頼られ無理強いされる
そんな事を何度か繰り返す内に
面倒になり逃げ出していた
他人の為になる事をした方が
良いと言うけれど
たとえば赤ん坊のように
何もかもを委ねられて
ミスをしたり病気をしたりした時に
困るのが他者なのがプレッシャーだから
それなら自分のせいで
自分が困る方が気楽
おそらく
まともな職に就けないのも
根本にこの感覚があるからで
他者が困らないためには
本人がすべて出来るようになった方が
確実だからまずは自分の事は自分で
出来るようになる事が必須
その考え方を自分で試してみたら
出来る事が増える度に便利になったから
ますます他人との関わりを減らした
元々一人で過ごす
そんな機会が多かった幼少期ですら
トラウマにならなかったのだから
生来の性分なのだろうと思う
里山の中の一軒家育ちで
人よりも動物の方が多い環境でも
これと言って
寂しいと感じた思い出は無い
むしろ家族の中では
いざこざが常にあって
しょっちゅう喧嘩をしていたから
怖くて仕方なくて
一人で過ごす方が落ち着いた
家族が出払った家で
一人留守番している時は心が軽くなった
誰かに絡まれる危険が無いからなのか
どんなに退屈を持て余しても
誰かと一緒に過ごしたいとは思えず
一人暮らしを始めた当初も
ホームシックとは無縁だった
いつの頃からか
両親も帰省しろとは言わなくなり
帰る理由も無いから
必然的に足が遠いて
その気持を察し始めた両親は
遠回しに帰って来いと伝えるようになり
益々帰省するのが億劫になった
氷河期世代のJランク
およそ知性と呼べるものは
この身体には宿っていないのだから
当然にまともな職には就けず
経済的に苦しい事が続いた二十代ですら
両親に頼ろうとは思えなかった
両親とは家族とは
絶対的に強い存在で
何かを頼むと
当然見返りを求められるが
差し出せる物が無いから
金の無心なども選択肢には無く
ただ心のどこかで
病気や怪我などで入院でもすれば
流石に助けてはくれるだろうという
甘えはあったからなのか
蓄えなど無いのに
案外とどうにかなるとは思っていたのだから
両親や家族を支えにはしていた
だからこそ
母親が還暦を機に
祖母の姿を真似始めた時に
両親の死という未来が現実味を増し
精神的な支えも自身にしなければ
将来困るだろうと焦り始め
精神的な自律の為にと
益々実家から距離を取るようになった
この半世紀弱の人生の期間で
テクノロジーの進歩に合わせて
社会が大きく様変わりして
幼い頃に願った多くの事が現実になり
目指した訳でも努力した訳でも無く
勝手に手元へと届けられ
まるで棚からぼた餅状態の昨今
あれほど退屈に苦しんだ
田舎暮らしの幼少期の感覚が役に立ち
あの頃と比べれば何でも便利になり
幼い子供のなんの気無しの願いすら
こうして現実に叶ってしまうのだから
どうやら人とは
生きるだけで幸せになれる生き物らしいと
誤った考え方が益々根付いてしまい
知性の欠片も
持ち合わせてはいない者からすると
現実とは摩訶不思議な出来事の連続で
よく分からないカラクリを
自分の理解出来る範囲で利用するだけでも
便利になるのだからまさに魔法だ
幼少期に
夢や希望を自覚した事がない
おそらくそれは
叶わなかった願いがあったからで
何度も自問する内に
2歳の時に両親が離婚して
それまで暮らしていた家へ
どんなに帰りたいと伝えても
叶わなかった経験から
願ったり
それを誰かに伝えても
叶わないという現実の体験が
その思いを自覚するのを
絶望しない為の自己防衛として
遮っていたのかもしれない
中学3年の三者面談で
担任教師から学力のランクがJだと知らされ
どこの高校も受験出来ないと言われた時や
初めて雇われたバイト先の社長から
解雇を伝えられた時など
どんなにお先真っ暗な状況でも
焦らなかったのは
その状況を理解してなかったからだ
三者面談の後は
母も呆然としてその後発狂し
そちらの方が怖ろしく
初めて解雇された時は一人だったから
その時に必要な時間を確保する為に
一ヶ月の猶予を貰えるようにと
無意識に交渉していたくらいだから
突然の不幸に対する
無意識の自己防衛習慣が
おそらくあって
他者と自分の捉え方の違いから
リアクションが変わり
他者の感覚が分からないから
その感情を伝えられると
途端にその違いに恐れ慄いて
余計に怖くなる始末
だからピンチの時こそ
一人になりたがる
最近朝起きて
パジャマから部屋着へ着替える時に
いつまでこの狭い場所で
立ったまま着替えられるのかを考える
狭い玄関で靴を履く時に
屈めなくなったらこの生活は成り立たない
こんな事を考えたきっかけは
そんな感覚からで
十年ぶりに帰省した際に
あまり両親に対する印象に変わりがなかったから
おそらく自分にしても80歳くらいまでは
この生活を続けられるだろうとは思いつつ
天涯孤独になった80歳が
一人で暮らすのは大変そうだと怖ろしくなり
習慣を変えなければと焦っている
これまでを振り返ると
おそらく自分が求めているモノ
捨てられなかったモノは
快適さだった
とにかく不便が嫌いで
面倒でも便利になるなら努力もする
それはひとえに
快適な暮らしを求めた結果
孤独を選んでいる訳では無くて
それ以外の選択肢が無いだけ
すべての他人が嫌いな訳でもないから
受け容れられる存在もいるだろう
何も一緒に暮らす必要は無い
動けなくなったら助け合える存在は
老いて行く自分には必要で
そんな存在がいた方が便利なら
必然的に方針転換もするだろう
快適さを求めるだけで
これまでの選択も変わり
自分自身もこれまで見て来た社会同様に
思いもしない自分へと様変わりしても
何も驚く事も無い
自分にとっての人生とは
おそらく人間なのだ
輪廻転生などが
あっても無くても関係無い
自我を失えば自分の存在は消える
同じ身体で生まれ変わっても
思い出せなければ自分では無いし
他の動植物やら何かの物体や
それ以外の何かになるかもしれないが
今の私は存在しない
人生とは私でいる間なのだから
その期間をいかに快適に過ごせるのかが
人生の成功基準
だからこそストレスとなるものは
すべて捨てながら生きて来た
そして捨てる度に心が軽くなり
心地良い環境が整い続けた
老いて自身で出来なくなれば
当然に他者に委ねなければならない
幼少期から青年期を経由して
今に至るまでは自身が成長する事で
補って来た足りない部分を
老いていくこれからの未来では
おそらく補い切れなくなるのだから
方向転換の分岐点もそう遠くない
しかし運が良い事に
委託する先に人間以外の他者が
テクノロジーによって
社会実装されそうな未来が
現実味を帯ているのだから
健康に気をつけてさえいれば
老健施設で集団生活を強いられない
未来もあり得るのだから
自分の感覚を曲げずに
生き切れるかもしれないと
密かに願い続けてもいる