日々の生活の中では

映画やドラマのような

劇的な出来事には  

そうそうお目に掛かれない



そんな風に

実感するようになったのは

いつの頃からだろう



今の実家で暮らすようになり

家族と呼ばれる人達と共同生活では

常に怒られないようにという

無意識の怖れがあったせいなのか

一人で過ごす時間を終わらせる度に

憂鬱な気持ちで埋め尽くされて

テレビを観て夢中になり

コマーシャルになると我に返っては

いつも他の人達のご機嫌を伺い

肝を冷やしていた



一度負けを認めてしまうと

自分の立ち位置が決まり

最下層の立場から見上げる癖がついた



言われるがままに行動すると

周りの人達は機嫌を良くしては

何かしらの物を買ってくれた



怖い人でも

愛想良くしていれば役に立つ



そう感じてからは

家族と呼ぼれる人達へ気を遣うのも

それ程苦にはならず 

むしろそれだけしていれば

自由を手に出来るのだから便利だ

くらいにしか思っていなかった



トラブルメーカーが

自分から他の人達へ移ると

いい加減に学べば良いのにと

幼いながらにいつも

何かしらの事で喧嘩をする

家族と呼ばれる人達を小馬鹿にしては

一人で文句を言っていた



幼い時は

親という呪縛が恐ろしく強固で

両親が離婚すれば苗字が変わり

それまで必死で覚えた漢字は

二度と使う事が無くなった



一生懸命に覚えても

どうせ使わなくなるのなら

始めから覚える必要は無いだろうという思いが

心の何処かに焼き付いて

努力をする事を憎んでいたのかもしれない



一寸先は闇

いつも通りにお出掛けして

数日後に生まれ育った家に

帰れないと言われ

その後本当に一度も帰る事は無く

ある日突然

家に帰れなくなる事を知り



それから無意識に

家から出掛ける時には

もしかしたらまたあの日のように

帰れなくなるという思いが

心のどこかにあって

家で過ごす事が好きになった



家の中に居れば安心

少なくとも知らない内に

帰れなくなる事は無い



休日に何もする事もなく

ただ一日中部屋の中で

ダラダラしている時が幸せなのは

あの体験のおかげかもしれない