大雪の中の選挙戦

そんなものに何の興味も無い

清掃作業員達にとって

投票所が自転車では近いけれど

歩くと遠いから

今回は行かない派が優勢



選挙とは

何だろうと思う



一般庶民にとって

総選挙とはファンタジーであり

自身の生活に関係があるのは

何となくでも分かりはするけれど

雪道を歩く億劫に比べると

大した問題でも無いから

今回は行かないと決めたらしい



劣勢の投票する派でも

知り合いにこの人に投票してくれと

頼まれた通り律儀に投票に行くと言う

民主主義とは一体何だろうか



どんなに政治に疎くても

自分で選ぶ事に意味があるのだろうに

頼まれた通りに投票するは

民主主義と言えるのだろうか



資本主義の限界が見え始め

富める者はより大きな流れへと

巨額資金を投入するだけで

おそらくそれなりに潤い

富める者とそれ以外では

スタートラインが違うのだから

格差は広がるばかり



あらゆる物価を下げて

一握りの成功者達が社会を支える方が

遥かに効率良く前進しそうなものだけれど

未だに私のような不適合者にすら

生活費を自ら稼ぐ事を求めているのだから

案外とエリート達の思考すら

非効率なものだと可笑しくなる



投票などしなくとも

その手の事に執着し合う者同士が

ああでもないこうでもないと話し合い

それなりに便利な社会を作って

成功者達が富を吸収しては

テクノロジーを進化させて行く



国民は政府から齎される

あらゆる援助を求め続けては

より得をする政党へと一票を投じては

ただ揺蕩うように生きている



独裁政治や

共産社会主義を嫌悪する割には

結局いつも自民党へ流れる浮遊票

政府の補助で食いつなぐ

中小企業や地方自治体などが

経済的に自立するのと

私のような惰民が自立する未来が

まったく想像出来ないのだから



資本共産主義などと

理由の分からない新たな主義を作り

国や地方自治体と事業者以外の惰民には

経済活動から離脱して貰い

金銭を必要としない社会を作り

一握りの政治家や資本家などが

上手いこと社会を切り盛りした方が

今よりも平和になりそうだけれど



グローバル企業同士の争いも

国家間の争いにも

何の役にも立たないどころか

足を引き合うだけの惰民なのだから

権利を捧げるから

生きる事に専念させて欲しい



幼い頃に世話をしていた

牛達などは放牧から帰ると

迷わず自分の居場所へまっしぐら

用意された餌を食べている間に

大きな牛の首に

スタンチョンをはめる



当時幼い子供だった私ですら

簡単に大人の牛を繋留出来てしまうくらい

家畜は自ら不自由を受け容れる姿を

見慣れていたせいなのか

必要な物がすべて揃いさえすれば

繋がれていても関係ない



むしろ何もしなくても

必要な物は目の前に運ばれて来るのだから

我先にと自分の居場所へと戻り

自分のスタンチョン前の餌を

他の牛が食べていたら

怒り狂って追い払っていた姿は

SNSなどで主張の異なる誰かに怒り狂う

インフルエンサー達と重なる



言葉を持たない牛達は 

行動で自己主張を示すけれど

人間は個々人の感性を

文字表現を駆使して貶め合うけれど

ほとんどの場合は

言葉だけのやり取りに終始するだけ



本質にそう変わりは無い



自ら考える事なく

投票行動だけを律儀に果たす人を

貶したい訳では無い

ただ人も動物の一種であり

その行動の本質的なところでは

家畜と大差が無いのなら 



無能に人である事を求めるよりも

家畜やペットのように快適な生活環境を

有能な人々が提供しさえすれば

穏やかな夜の牛小屋みたいな 

平和な社会を築けそうだと思うだけ



苦しむことも無く

ただ快適な生活を送れるのなら

ペットや家畜になっても構いやしないが

家畜は飼い主へ利益を齎し

ペットは安らぎを与える存在なのだから

私には成れそうにも無い



そう考えると

彼らはエリートな存在なのだ

人間社会だけでは無く

不適合者の私には動物社会ですら

高い壁に囲まれた楽園なのだ



そう考えると

袋の中の鼠にすら劣る私などに

投票権を与えられても

何の役にも立ちそうない



ただ誰かが齎してくれる

バブルフィルターの中を揺蕩うだけで

幸せなのだから困ったものだ