ありがとうと
面と向かって言われるとどうだろうか
個人的には
褒められると伸びるタイプなので
おそらく天にも登るほどに
気持ちも体も舞い上がるに違いないが
残念ながら未だに飛び立てやしない
清掃作業員などをしていると
街の通りを行き交う人の中には
ご苦労様やお疲れ様と
声をかけてくれる事が多々ある
改めて考えると毎日数人は
そんな素敵な人に出会っているのだから
日本って良い人が多い
同僚達と話していると
嫌味などをよく言われると
ボヤいているけれど
そんな人よりも気遣ってくれる
人の方が多く感じているのは
私の人徳かもしれないがどうだろう
他人を悪く言う事が
習慣になっている彼女達も
おそらくは同じ様に労いの言葉を
掛けて貰っているに違いないが
それでは仲間内のお喋りが
続かないからと悪く言っているだけ
だからなのか
そう言われる事に慣れ過ぎて
あまり気にも止めていない
そんな清掃員を
どぎまぎさせるのは幼い子供達だ
彼等は掃除機に反応し
ずっと見つめて来るから
目を合わせないようにする
そうすると大概は大人に手を引かれて
通り過ぎて行くのだけれど
稀に近づいて来ては
ありがとうと言う
中高年にも同じ様に
言われるけれど
その時の気持ちとはまたひと味違い
何とも言えない気持ちになる
自分の仕事に誇りなど無い
ただ埃を吸い取るだけで生活費が貰えるのが
楽だからと続けているだけだから
基本的には恥ずかしい限り
だから他人に職業を聞かれても
フリーターと答える始末
いやそれも大概恥ずかしからなと
突っ込む癖すら慣れてしまった
根がポジティブなのか
恥ずかしいなら言わなければ良いし
知り合いがいないのだから
そもそも関係ないと普段は感じなくなった
その恥ずかしさも彼らの前では
未だ感じるのはなぜだろうか
誇りなど持たなくても
ただ漂う埃を掃除機で吸い取るだけで
生きられるとは
胸を張って言えないが
そんな気持ちを彼らのありがとうが
ホッコリと暖めてくれるから
中高年に言われる言葉とはひと味違う
感覚になるのかもしれない
子供達の礼儀正しさに触れると
心が浄化されるのだろうと思いながら
いつものように作業をしていると
お仕事頑張って下さいと
声をかけられたので振り返ると
とても素敵な女性が
手を振りながら去って行き
その後姿を見送りながら
やっぱり素敵な女性に言われる
ありがとうが一番嬉しいと感じて
気持ちがほっこりしながら
顔はマリモッコリになる始末
慌ててマルヤマン顔にしてももう遅い
心が浄化された感覚は
勘違いであったと思い知り
言葉の力の限界を知った
アフタヌーンのひと時