AI時代において
我が国日本は優位な文化を有している
それは一般の国民が
他者と触れ合う機会が少ないという事
YouTuber達が
タイムリーに視聴者からのコメントを拾いながら
一人で語っているあの画面が一般的となり
もはやあの姿を見ても違和感はない
それは受話器を耳に当てながら
一人で話す人を見ても不思議に思わない
それと同じで大きな声で独り言を話していると
そう思う人はおそらくいないだろう
AIとのコミュニケーションは
言葉が大半で
カメラレンズで捉えた
自らの表情や体温
スポーツなどの練習なら姿勢や重心
そういった事実を言語化して
AIは語り掛けて来ては
様々なサポートをしてくれる
そんな彼らに対して
欧米人は親近感を抱けるのだろうか
もちろん論理的思考の持ち主なら
文通でもするように
言葉のやり取りをするだけでも
親近感を抱けるかもしれない
けれど彼らは
挨拶一つとっても
握手をしたりハグをしたり
キスを交わす
それは五感で相手を捉える行為
そんなコミュニケーション方法に
慣れ親しんでいる民族の
感性的人々が
メタリックなフィジカルAIに
愛着を抱けるのだろうか
飼い犬が親愛を込めて
主人の口元を舐め回すように
直接相手に触れるという
コミュニケーション文化圏の人々に比べ
我が国の挨拶は会釈が一般的で
政治家やビジネスマンでも無ければ
他者へ触れる機会は少ない
美容師や理容師
マッサージ師や鍼灸師
医師や看護師など
職業として触れ合う機会の多い人も
確かにいるけれど
手も繋いだ事も無い御夫婦も
おそらくたくさん居る事だろう
世界各国の常識は知らないが
お歳暮やお中元などのご機嫌伺いの文化では
必ずしも顔を合わせはしないから
何かしらの手紙という形で
日頃の感謝を伝え合うのだから
言葉のやり取りには慣れているだろう
末端で地べたを這いつくばるように
日々を暮らしているような人々というのは
世界中に存在し
私もその中の一人であり
そんな日常ではあまり挨拶という機会は無い
もちろん職場での出退勤時や
すれ違う度に交わす言葉くらいはあるけれど
その度にハグなどはしないのだから
同僚がロボットになったとしても
それほど感覚的に変わりはしないのでは無いか
むしろ挨拶の手間が減って快適かもしれない
しかしおそらくはどの国にも
人好きなパーティーピーポーは存在し
仲間内でのグータッチやハグ
肩を組み腕を組んで互いの存在を
五感で捉える仲間に囲まれて暮らしている人々が
ロボットに抱く感覚はどうだろうか
教室で誰とも話さないというだけでも
敵視してくるような人なら
まさに人成らざる者であるロボットに
親近感など沸かないのでは無いか
一般的に広まれば
その捉え方も変わり
それぞれの感性も
耐性が付くだろうけれど
そこに至るまでの浸透速度は
おそらく他国に比べると
日本人の方に優位性があるように思う
人口減少が著しい現状と
フィジカルAIという未知なる存在を
受け容れられる土壌が整っている
国民感性が上手くハマれば
AI産業革命の寵児国になれるかもしれない