そもそも自分が
学校の教室が嫌いだと自覚したのは
四十を過ぎた頃だった
失業保険の支給期間を
長くする為にと職業訓練所に通った
その時に初めてこの状況は
居心地が悪いと自覚したのだ
休憩時間の騒々しさと
訓練時間中の
ただ座っているという息苦しさが
こんなにも嫌な感覚だと
学生時代には実感が無かった
清掃作業員として
常に動き続ける事に慣れてしまい
疲れるからサボりたい一心で
職業訓練を受ける為に試験まで受けて
しかも一回落ちたし
それでも楽が出来るならと
再挑戦をして何とか手にしたチャンス
気力と労力を
注ぎ込んだからなのか
なかなかただそこに座っているだけで
お金が貰えるのだからと
自分自身をなだめすかしても
その居心地の悪さが気になって
もう二度とこんな場所には来るものかと
ある意味トラウマになってしまった
おそらく学生時代も同じで
確かに好きな授業は体育だったし
高校生の頃なら授業よりも
部活しか思い出に残っていない
当時からその自覚があれば
専門学校へなど進学しなかったものを
慣れない都会での一人暮らしと
田舎育ちだから団体で進学する事しか知らず
大概誰かが誰かと仲良くなり
それに引き摺られれて連れが出来るから
あえて友人をつくるという行為を
した事が無いからか
ホントに一人も話せる人が出来なかった
ただ一人の気楽さを
知ったのもこの頃だった
田舎のヤンキー学級とは違い
クラスで孤立していても
特別危険を感じる事も無かったから
ひと月も経つと慣れてしまい
むしろ一人のほうが身軽で
同郷の元クラスメイト達と縁が切れる度に
自分自身へと 没頭していった
臆病も拗らせると
何かしら問題が起きても
立ち向かえる
だって相談するほうが勇気がいるから
とりあえず思いついた事を
適当にするほうが遥かに気楽だった
だから貧乏生活が
長引いた訳だけれど
自分が貧乏である事が
最初は楽しかったし
その生活をする為に
一人暮らしを選んだのだから
夢を叶えて貧乏生活へ飛び込み
数年かけて徐々に
これやばくねッ!と気づき始めてから
後悔するまではさほど
時間は掛からなかったけれど
二十代前半でようやく
貧乏はヤバいと気づいても
それまで何もしてない訳だから
方針転換を考えても
絶望的な展開しか思い浮かばずに
イライラして周りの人達に
当たり散らしていたら
貧乏生活の命綱であった
バイト先の社長から解雇を伝えられ
余計にピンチを広げる始末
どういう訳かドラマティックな閃きを
そのまま行動に移したら天職に巡り合い
それにすら気づかずに
わざわざ違う方へと周り道をしては
失敗を繰り返した挙げ句の職業訓練だったのに
それすら失敗って逆に凄いとさえ思った
しかしあの教室という空間を
他者と共有しながら何の興味も無い
何かしらの訓練作業をしながら
これなら掃除してる方が
遥かに楽だという事に気づいて
元通りの清掃作業員に戻った
一人で適当に
どこかしらの掃除をする事が
これ程気持ちが落ち着くのかと
自分でも関心してしまった
たまに誰かと共同作業をすると
教室と同じように居心地が悪くなった
他者を観察するのは好きだから
誰かと一緒に作業する事が嫌いな訳じゃ無い
ただ大概の人にとっては
掃除とは退屈らしく
そのつまらないというその人達の
感覚が話す言葉や作業への取り組み方から
何となく伝わって来るものだから
こちらも釣られて嫌な気持ちになった
仕事だからフルタイムだと
少なくとも6時間は歩くから
それだけで疲れてしまい
不機嫌になる人やサボる人がほとんど
気楽にお散歩気分で出来るのが良いのに
他人の分まで押し付けられると
こちらも辛くなるから
自然と同僚達とも距離を取るだけ
今や人手不足なのだから
みんな好きな事を選べば良いものを
わざわざ苦手な事を選んでは
苦虫を噛み潰したように作業をしては
その鬱憤を言葉にして会話するから
休憩室すらも居心地が悪くなる
個人的には
この作業を八十代までは
続けたいと思っている
他に出来る事も無いし
その年代まで作業員をしていた
同僚もいたものだから
かなり現実的な目標だと思う
その為に3割くらいの力で
作業が出来る現場を探し周り
ようやくちょうど良い職場を見つけて
その余力を筋トレに振り分けて
体力強化を測り
より長く作業が出来る体を作る過程の
副産物として今の作業も楽になり
万々歳のこの現状は
まさに子供の頃に
大人になっても働きたく無いという
夢も叶えているという奇跡に巡り合い
この先どんなにテクノロジーが発展しても
おそらく人道的な見地から
清掃作業員という職業は
おそらく無くならないと高を括り
おサボりがてらに
為替取引に手を出して
目指せひと月一万円を合言葉に
ほそぼそと取引をしていると
案外と上手く行くもので
インバンド需要を取り込んだ
LCCを利用すると全国どこでも
片道一万円も出せば行けてしまうからと
何の用事も無いのに
名古屋福岡東京などなど
とりあえず安いチケットがあれば行ってみると
意外と貧乏性がひっくり返って
来たからには楽しまなければ損だと思い
案外楽しめてしまう趣味が出来た
教室であっても
おそらくたくさんの学びはあったけれど
自分でこうしようと思い付き
今やスマホで大概の事は出来るから
その使い方を好奇心を燃料にして
ひたすらチャレンジを繰り返す
職業の為にはならないから
収入が増えるどころか休むから
逆に減るかと思いきや年間5日間は
有給を強制的に
取らなければならないらしく
休めと言われるものだから
仕方なく始めた一人旅で
またいろんな気づきや学びがあり
どうやら個人的に
現実から学ぶ方がしっくり来るらしい
何も生まない国内の小旅行
それでも思い出には残り
確実に何かしらの失敗をするから
それを後になって
振り返るのも面白くて
こういう感覚の授業なら
いくらでも受けられるのにと思う
大して汚れもしない
商業施設の掃除をして暮らし
遊ぶ金欲しさにFXを
恐る恐るやってみて偶然儲けが出れば
すぐに使い切るところは
あいも変わらずのチャームポイント
でも大丈夫
ロボットアドバイザーに
任せきりのNISA口座のお金ちゃんは
いつの間にか分裂して
2倍になっているのだから
本業のバイトで暮らせさえすれば
資産は増え続けるはず
運が良ければ幾ばくかの儲けで
遊びにも出掛けられる
しかも娯楽は
スマホに一転集中しているから
普段の毎日すらも退屈しない
こういった人間には
おそらく昔の丁稚奉公などが
一番良い学びになるかもしれない
自活をして
生活費の振り分けを学び
仕事をして好き嫌いや
向き不向きを学んでからの方が
自分に足りないものを自覚し易いから
どの分野の学校に行けば良いとか
もしくは行きたいという欲求が生まれてから
学び始めたほうが自然に
努力が出来るかもしれない
何一つ良い事が無くても
あんな環境には戻りたくないというのも
頑張れる理由になるかもしれない
そう考えると
維新前の時代のほうが
自分には合っていたのかもしれないが
それを言っても仕方が無いし
不便な時代だから
孤独には生きられないから
やっぱり無理だと気づく始末