論理や法則の学び場なんて
SNSで充分ではないだろうか
幼い子供たちが
他者との交流をするのは
野球やサッカーなどのスポーツでも
将棋や茶道や華道などの文化でも
授業でなくても出来るはず
義務教育というのは
社会活動に必須な最低限な能力を
学ぶ場所なのだから
机を並べて勉強するほうが
不自然ではないだろうか
同じ物事を理解する
反復回数は個人によって違い
一度で理解してしまうと
その後の反復授業は無駄になる
反対に何度繰り返しても
理解出来ないと
出来ない事に慣れてしまい
授業時間が空想や瞑想
または精神統一の練習となり
本来の目的が達せられないまま
卒業を迎えては意味が無い
SNSを使うと
授業時間も場所も選ばずに
学ぶ事は出来る
ならば義務教育の現場である
校舎の教室では何をするのかという事になるが
それは道徳教育ではないか
法律を学び
社会では訴訟が当たり前なのなら
その手続き方法などを
無料で教えて貰えるのなら
社会人が必要な時に聞きに来ても良い
何ならそこで弁護士を
紹介しても良いし
あえて紹介所にしても良い
少子化の未来なのだから
そもそも行政庁舎と学校を統合しても良い
田舎なら難しくも無いかもしれない
情報交換ターミナルとして
保育所から高齢者施設に至るまで
まさに生まれた時から墓場まで
その土地で暮らす人々が集う場所として
広いショッピングモールのような
建物の中にすべてを詰め込み
地域社会ネットワークを繋ぐ学校
そこでなら小学校の学びを
個々人が理解できるまで
ずっと通い続けられ
必要なら教育を受ける事自体を
義務や権利で無くしても良い
学ぶ事で生活費が賄える
職業にしてはどうだろうか
知性を育てる事は
人類への奉仕であり
未来への投資であると考えれば
そう難しくも
無さそうだけれども
Social Networking school
そんな居場所を具現化すると
どんな未来になるだろうか