心許せる友人知人の居ない
孤独人にとって情報源はテレビだった
雑誌や新聞
漫画に小説などなど
選択肢が他にもあるとはいえ
無料で得られ続ける
情報源の影響力は甚大だった
日々の労働や人間関係
コミュニティでの理不尽に
疲れ切った無能に
毎日毎日すり込み洗脳を繰り返すと
2次的3次的と
ネズミ算式に広がり続け
何が自分の感覚なのかが分からなくなる
学校という場所では
流行り廃りが顕著に現れ
感覚的には一夜にして
アイドルからロックバンドブームが
巻き起こり
その流れに取り残されたあたりから
孤独の道を歩み始めた
幼い頃は
夏休みともなれば
田舎の実家の私有地から
出ることも無く過ごし
仕方無く暇つぶしに
その広い敷地内を散歩しながら
話し相手もいないから
普通に一人会話をするように
独り言を話す習慣が身についた
考えるまでもなく
コールアンドレスポンスが
頭の中を駆けめぐり
言葉が追いつかなくとも
理解出来るそのやり取りに慣れると
たとえ気の合う他者が現れても
違いという異質感が不安を煽り立て
秘密の共有という審査で
必ず裏切りを感知してしまうから
必然的に他者を信用しない
そんな習慣も身につきやすく
一人で過ごせるという特技が
より一層他者との間に立ち塞がり
自閉的な精神感覚へと逃げ込み
接触情報を遮断してしまう
しかもたちが悪い事に
幼い頃はその事に気づかない
それが日常だから
特別に違和感も無いから
親兄弟すら知らない
その特性が自然と作られ
夏休みや冬休みなどは
心のガラパコスを満喫して
逆に楽しかったくらい
エッお前夏休みグアム行くの?
俺はガラパゴスみたいな感じ
そんな環境で
どうやって言葉を覚えるのか
それはやっぱりテレビだ
なんだかんだ言って
親兄弟は幼い子供を構いはしないから
必然的に一人の時間が増える
面白ければ何でも良かった
甲子園や大相撲
時代劇やコメディドラマやアニメ
何でも暇なら観続けた
いつ頃からかドラマやアニメ枠で
夕方のワイドショーが始まった時は
本気でその番組の
アナウンサーを恨んだ
地方の情報番組など興味が無かったから
退屈な時間を持て余したからだ
まぁその頃には
もう家の作業を手伝っていたから
逆にそちらに精を出した
幸い中学生ともなると
敷地内の移動はスクーターになり
牛の餌を運ぶのに
運搬用に改造されたコンバインを
運転したりと別の暇つぶしをしていたから
思い返すとその時間を満喫していた
そんな気もする
一人暮らしを始めて
気持ちを文章にする事を勧められ
日記のようなものを書き始め
独り言相手の自分とはまた違う
もう一人の話し相手を見つけた気がした
最初に書いた文章の
書き出しは今でもはっきり覚えている
その頃聴いていた深夜ラジオDJの
言葉を真似して書いた
日記を書こうと思っても
その日あった事を書く事のほうが少なくて
全然関係ない訳の分からない
その時の感覚や思いついた事を
ただひたすら書き続けた
一応のテーマは
未来の自分への手紙だった
断続的に10年ほどは
続けただろうか
後になって自己啓発本などに
自閉症克服には
日記を書くのが良いみたいな事を
解説動画で見た時に
昔の自分が無意識に続けていたことが
今になって無駄では
無かったと思えて嬉しかった
言葉を綴ると面白いのは
一列前の言葉の影響を
強く受けている事に
気付けることだろうか
日記を書こうとしても
たとえば青という文字に触れた瞬間に
空とか海とか清々しいなどなど
その日その時の気分で
浮かぶ言葉に惹きつけられて
当日の出来事から
感覚世界へトリップしてしまって
読み返すとポエムみたいになる始末
でもそれはそれで
後で読み返す時には楽しめるからと
直しもしないで今に至る
スマホと出会い
情報量が増えたり
動画配信で何かしらの本の
解説動画などで聞き齧った話を
改めて書いてみると
まるでモノマネ芸人になった気持ちになって
最近は政治評論家気取りで
書き殴るのが楽しくて仕方ない
独り言も文章も
誰かの言葉を改めて感覚に落とし込んで
理解出来なくてもその内容を
何となく下手くそなモノマネをするように
書き綴ると不思議と
自問したりすると答えが浮かび
それをまた書いて
読み直すという作業を繰り返すと
何かの経典のように洗脳されるのか
それまで浮かばなかった
心の奥底からの言葉が溢れ出して
マグマのように吹き出しては
時には泣きながら過去の出来事を
書くという深層に辿り着き
そこで吐き出した
その言葉にまた洗脳され
感覚が変わる
おそらく誰もが誰かとの会話で
自然と影響を受けているのと
変わらない現象と思われる影響を
自給自足出来るようになった
そりゃ孤独でも平気だわなと
自分でも呆れながら今も書いている