不安は尽きない

それでも先へ進まなければならない

そんな宿命の救いは

辻褄合わせの振り返りだろうか



おそらく常に不安感が強いから

乗り越えてからしか怖くて振り返れず

終わった事だから良い事も悪い事も

安堵感があるからなのか

すべてを楽しく感じるのかもしれない



清掃作業員になろうなどと

思いついたのは

ある2時間ドラマのワンシーン

何かしらのトラブルに巻き込まれた

登場人物が主人公の元へ

相談に訪れるというような場面



その人物のトラブルを

主人公が解き明かして行くという

そんなストーリーだった



その2時間ドラマの

脇役の女性が清掃作業員という

権力も頼る人もいない中で

主人公が勤める役所へ

恐る恐る助けを求めるところから

物語が始まったと記憶する



働きながらトラブル対応に追われ

何度か職場での場面があり

2時間ドラマでは有りがちな

職場へ尋ねられるシーンを観ながら

不意にこんな事でお金が貰えるのなら

楽そうで良いなと

思ったのがきっかけで



ちょうどそれまで働いていた

土産屋を解雇されて

次の仕事が決めるまではおいてくれと

頼み込んで時間稼ぎをし

何をすれば良いものか

考えていた時だったものだから



すぐにバイト雑誌で探すと

土産物屋の近くの清掃会社で

バイトを募集していたから

休憩時間に面接に行き

そこで採用されたおかげで

何とか食いつなぐ算段が整ったから

その土産物屋を

穏便に辞める事が出来た



ドラマの中では

階段の手摺を拭いていた

何かを思い出して

視線を向こうへとやり

作業の手を止めて

ハッっと何かに気づく


そんなシーンを

未だに再現して遊んでる



実際に働き始めると

初日の朝ヘルメットを渡され

何で?という問いはせず

促されるまま

部長の車に乗せられて

現場へと連れて行かれたら

他の作業員達はもう作業をしていた



その場で紹介され

挨拶もそこそこにオイッと呼ばれて

モッブを渡されて床を拭けと言うから

拭こうとすると

バケツの水で濯げと怒られ

モップの絞り方も知らないのかと

また怒られ

始めて5分で辞めようと思った



それでもその日を

乗り越えられたのは

窓ガラスの掃除をしたからだ

ガラスを洗剤で拭いて

スクイジーと呼ばれる道具で

水気を拭き取ると

驚くほど綺麗になったのが

面白くて仕方なかった



始めた当初は

毎日怒られ続けて

その度に辞めようと思ったけれど

汚いものが綺麗になって行く

その様が面白くて

周りの人達に受け容れられると

気持ちも楽になり

何とかなりそうだと思った



そこらのビルの掃除をするのだと思って

始めた清掃作業員だったけれど

ビルの中では無くて

改修工事の足場で外壁や窓の外側の

ガラス掃除がメインの会社で

ヘルメットは必需品だった



思っていたのとは違って

全然楽ではなかったけれど

思い切り動き続けて疲れ切る作業が

若い自分には合っていた



真夏日のクソ暑い日に

雨合羽を着て外壁洗浄をすると

合羽の中はまるでサウナ状態で

汗でビショビショになったが

その体験が癖になり

今でもサウナが趣味になるくらいだから

おそらくあの頃も

良いストレス解消に

なっていたのかもしれないって

かなり臭かったけれど



振り返ると

思い出はいつも美しくなるのが

個人的な特性らしい



三十代になると

それまで右肩上がりに

体力がついて行ったのが

突然横ばいになり

その感覚が3年も続くと

来年はもっと辛くなるかもしれないと

ネガティブなサイレンが

心の中に響き渡り



このままここに居たら

殺されると本気で思って

その会社を辞めた

正確に言えば逃げた



自分でも驚くほど簡単に

同業他社のバイトが見つかり

働き始めると

今度の会社はハウスクリーニングが

メインの作業で

結局その会社には

半年も在籍してはいなかったけれど

もう一生分の部屋掃除をした



ちょうどその半年間が

夏場だったから安い給料でも

自転車で通うなどして

何とか生活が出来たけれど

冬に交通費を払うのは厳しそうだと

判断して他の職場を探した



少なくとも

生活費を稼がなくてはならない

冬の寒空に家賃滞納は

命の危険が伴うと本気で焦った



運良く月給で

雇ってくれると言う会社へと

入社が決まり

半信半疑で働き始めた



作業自体は

これまでとは比べものにならないくらい

楽な作業だったから

何か騙されているのでは無いかと

初めての給料日までは

落ち着かない日々を過ごしたけれど

確かに暮らせる金額が振り込まれ

ここが天国なのかと思った



すすきのという札幌の歓楽街で

雑居ビルを複数所有している

不動産会社だったから

スナックやホストクラブなどが

入居するビルの共用部の掃除

それが与えられた役割だった



歓楽街のビルだから

基本的に日中は人がいないはず

けれども失われた時代の

ホストクラブは昼の12時くらいまで営業し

夜中働いてから飲みに来る

風俗嬢達がメインの上客のようで



非常階段などを掃除していると

よく酔い潰れて寝ている人を見かけた



家計は安定したけれど

精神は大荒れの大海で大後悔

そんな感じだった



大概の店舗の中は

狭くてトイレが一つしか無く

誰かが使っていて我慢出来ないと

人目につかない屋内非常階段で

嘔吐や小便をする酔っ払いが多く

半ば幼い頃に遊んだ家畜小屋のような 

臭いがするような場所で

午前中に掃除をしていると

他の階の扉が開く音がすると

様々な音が聞こえて来て

あぁ面倒臭いとなるのだが



中にはそこで

力尽きる酔っ払いもいて

一度この世の終わりのような光景を

目の当たりにして

ホストが生き残るのは

こうも大変なのかと

感心した出来事



要するに嘔吐してスッキリすると

催したのか小便をしてさらに落ち着くと

膝から崩れ落ちるように

その場に倒れて寝てしまった



自分の嘔吐と小便の中で

グチョグチョになりながら

幸せそうな顔で寝ていた



当然触れたくないから

他の場所を掃除していたら

店の誰かがそのホストを見つけて

ぎゃーと叫び声が聞こえた

あの人はあの後どうしたのだろう



そんなこの世の果てで

年がら年中単純作業をするだけで

不自由無く暮らせるのが幸せで

二年目からはボーナスの支給も始まり

こんな世界がこの世の中にあるとはと

感動してしまった



ただ五年もすると

さすがに気づいてしまった

これッオフィスビルなら

もっと楽じゃねって



そう思うと衝動を抑えられず

その安定した生活を捨て

すすきのを脱出して

見事に想像通りの職場を見つけて

何社かいや10社以上の会社を

渡り歩いて今に至る



出社時間と退社時間が

きっちり決まっているから

その間に簡単に振り付けられた

盆踊りでもするように

毎日同じコースを回るだけ



体力的に慣れてしまえば

何も考える事もなく一日が終わる



作業を始める瞬間に

気持ちのスイッチがオンになり

あとは退社時間まで自動運転

気がつけば帰る時間になっている

そんな感覚だから気楽で良い



おそらくこんなにも

ストレスの無い生活は人生史上初だ

子供の頃は自宅という職場と

学校という職場を往復する生活で

どちらにも怖い大人達がいたから

いつも怯えていたのだと思う



そのせいなのか

ワクワクした記憶が無い

振り返れば楽しかった事ばかりなのに

楽しみにしている事があると

待ち切れなくてイライラしていた



その事に気づいた時に

そういう性分なのかと思ったけれど

どうやら違っていたらしく



最近顔も知らない

幼い頃に生き別れた父親が亡くなり

承継人だからとその人の暮らしていた

自治体から住民税の請求が届き

承継放棄の手続きの為に

戸籍謄本を区役所で出して貰って

その内容を確認したら

その人の生まれた場所が

番地までしっかりと記されていて



戸籍謄本とは面白いと思い

自分の出生地や母親の出生地などを

見ている内に不意に

戸籍めぐりの旅をするのも

面白いかもしれないと思いつき



承継放棄の手続きよりも

そちらの方が面白くなってしまい

血縁上の両親の戸籍を見比べると

どちらも生まれた場所と

本籍地が違う共通点を見つけ

まずはそこへ行ってみようとかと

思い立ち



旅費を見積もるのに

あっちこっちのアプリで調べている内に

楽しくて堪らなくなり

実際に航空券の予約をして

日程が決まると待ち遠しくなって

初めてこれがワクワク感なのかと感動し



この安心感に

満たされた日常の中では

旅行の予定を入れるだけで

こんなにもふわふわとした

安心する気持ちになるものなのだと

感心して承継放棄の手続きが 

どうでも良くなってしまっている



自分にとって

この安心感とは初体験で

ずっと自分の中に籠もって生きて来て

それ以外の存在が居なかったから

その記憶を巡る旅をしたりして

どこまでも自分好きなのだと

半ば呆れていたけれど

まさか今度は顔も知らない父親の

出生地などに行こうなどと

また酔狂な事を思いついたかと思えば

また偏屈かつ貧乏症だからコスパを重んじて

なぜか母親の出生地へと行き先を変えた



なんでだよって

ジャックの奴が突っ込んで来るけれど

航空運賃って成田も福岡も

あんまり変わらない

なら遠い方がお得じゃない

だから母親の出生地めぐりをする事に決めた



まだ2ヶ月も先なのに楽しみで仕方ないって

未だに子供心に支配されっぱなし



そもそも幼い頃に実家で

最初に与えられた役割が

家畜小屋の掃除係だったから

その気楽さや汚い場所が

自分の作業によってきれいになって行く

その変化が面白い事は知っていた



突然解雇を言い渡された

大ビンチの時に

なぜあの2時間ドラマを

見ていたのだろうと不思議に思うけれど

あの瞬間ビビッと来たのだ



大概は歌手になるとか

役者になるとかのお告げ地味た閃きが

頭の片隅に過るらしいけれど

私の場合は清掃作業員って

そこがまた面白いと

ようやく肯定的に捉えるようになり

そして九州へ行く



思いつく事と言えば

アホな事ばかりだけれど

そのきっかけは

いつも自分の中にある



現実とは外的要因と

その時々の内的要因が

重なり合って閃く選択で

進む方向が変わる



おそらくこの思いつきと

自分の過去の体験とその時の気分が

上手くマッチする事が

運命と呼ばれる類なんだろうけれど

この先何が起きるのかは

いつも心配ばかりで不安しかないけれど



時間軸上の人生は

いつだってオートマチック

止まる事も出来ずに

ただ流れるだけだから

身を委ねるしかない